#07 不思議な旋律

 想いを告げられたとき、その言葉は頭のなかをぐるぐると高速で回った。
 あの世界で、彼が僕にくれた様々な想い。
 感情。喜怒哀楽のすべて。
 でも、面と向かって「その言葉」を投げかけられたことはあるようで、それほど多くはなかった。自分が囁いたことも、僅か。そんなことができる状況ではなく、ただ密やかに愛をかわした。
 そうした果てに「我が最愛」と呼ばれもしたけれど、最後の旅立ちを見送ることは叶わなかった。
 ずっと、それは心の奥底に引っかかっていて。
 ……だから。
 あのときと同じようで、やっぱり少し違うまなざしで僕を見つめる彼に、問いかけた。
 心の源。彼の本心の底。
 知りたい。ほしい。そう願った。

§ §

 時が過ぎるたびに、時を得るたびに、想いはどこまでも重ね連なっていった。幸福だと思った。
 そればかりではなかったが、彼が傍にいることは何よりも心強かった。
 そして。
 ひとつの「区切り」と「未来」を考え始めた頃、「傍にいるよ」となんでもないことのように言った彼の言葉は、とても嬉しかった。
 同時に、ほんの少しだけ悔しい思いもあった。傍にいたいと願ったのは私で、いてほしい、とそう願ったのもやはり。だが、彼の未来にいたいと思いながら、しばらくは別離の道を歩まなくてはならないと半ば諦めていたのに、彼はあっさり「未来」を訊いてきた。
 私の答に、彼は少しばかり逡巡したようだった。天井を見上げ、次いで私を見つめる。それでも、時間にして一分もかからなかったのではないだろうか、彼は「僕も一緒に行くよ」と返し、私にしか見せない甘い笑みを浮かべた。

§ § §

「トンネルに入ったのか?」
「そう、みたいだね」
 テランスがそう答えると、車窓を眺めていたディオンは背もたれに寄りかかった。朝早くにツナのバゲットサンドとクロワッサンとシトロンフレーバーの炭酸水を買い込んで特急列車に乗り込んだ。珍しい光景に随分興奮していたのだろう、朝食をとりながらひとしきり景色を眺めていたディオンが小さな欠伸を噛み殺したのを見て、テランスは彼の手を撫でた。
 ディオンは飛行機で目的地まで行くのが本来のあるべき姿だろう。だが、「所要時間もそう変わらない」と彼は突っぱねたのだった。「居場所がない」としか言わない実家での滞在もそこそこに、彼は再びテランスのもとに戻ってきた。
 そうして、旅が始まる。未来を掴み取るための旅が。
「横になる?」
 ぽん、と自分の膝を叩いて問うたテランスに、ディオンが首を横に振る。緩慢な彼の挙動にくすりと笑い、テランスは「おやすみ」と呟いた。
「トンネルを出たら、起こしてくれ……」
 リクライニングを倒したディオンが夢心地で呟いたのを拾ったテランスは、「了解」と答えた。そうして見守ることしばし、安心しきった表情で眠るディオンにジャケットをかけてから、ショルダーバッグに忍ばせておいたワイヤレスイヤホンを取り出す。
 モバイルに接続してアプリを立ち上げ、とある「曲」を聞き始めた。
「……」
 トンネルを走る特急の音にかき消されながらも、その音は確かに届く。歌ではない、それでも心にどこまでも響く――彼の声。あの、告白。
 ディオンの家を訪ったのは初夏、あの一日だけだった。彼の「願い事」を聞くために訪れ、その流れで仕掛けられていたボイスレコーダーを手に入れた。
 彼は特段何も思うこともなく、これを処分するつもりだったようだが、テランスは惜しいと思った。同時に、閃いた。彼と自分の関係がここでどう転んでも、「今」を記録しておくことは後々のよすがになるのではないか、と。
 実は、この告白は繰り返し聞いている。ディオンには今のところバレて……知られてはいない、はずだ。他にも録音を考えてもよい場面は数多想定できたが、その瞬間の彼を大事にしたくて、全力で向き合いたくて、ボイスレコーダーの存在さえ忘れるほどだった。
 音声が途中で途切れる。ここから数分は「無音」に近いので、あえて飛ばす。何が起きていたかは鮮明に思い出せるから妙に気恥ずかしい。……そういったわけで、ディオンが話し始めたところから再び聞き始めた。

*  *

 傍にいたい、と彼は言った。その言葉は聞き慣れなくて、少し彼らしくないようにも思った。前世の彼と、今の彼。同一ではあるが違う魂でもある。故に、願いも異なるかもしれない。ただ、少し言い淀んでいるのが気になった。
 本当は「傍にいてほしい」のだろう、直感でそう思った。否、そう願った。
 返事を促すと、彼は素直に頷いた。そのまま謝ろうとした彼の頬にキスをし、「僕も同じところに行くよ」と囁いた。
 え、と固まった彼から、その先を、本心では望んでいた未来を聞き出す。そのための選択に伴走するのは、確かに厳しいだろうと思った。とはいえ、彼と離れるつもりはさらさらなかった。今も、あの世界でも、最たる望みが「彼」だったのだから。
 そして、彼にとっては最良の選択なのだろうと思う。留学を理由にこの国を離れることで、没干渉の割に彼を利用しようと目論む「家族」からも離れられる。
 他方、自分はといえば地元の大学を選ぶつもりだったが、彼の願いを叶えるのが最優先だ。専攻は異なるが、大学は同じ。ヨーテとほぼ同じ状態だ。まずは親を説得したが、突然の進路変更とその変更先に二人ともなかなか信じてはくれなかった。何故、と問われ、はじめはのらりくらりと躱しもした。それでも両親の追撃は止まず、進路面談の三日前についにすべてを白状した。偶然にもその数分後に家のベルが鳴った。現れたのはディオンだったが、借りていた本を返しに来ただけだという彼は、両親にも自分にも何かしらを語ったわけではなかった。だが、両親は諸々察したらしい。最終的に応援してくれたことは心底感謝している。
 ディオンが選んだのは世界でも屈指の名門大学だ。自分がそこに滑り込むのは色々足りないものがあった。ハイスクールの定期テストでは一応十位前後をキープしていた(首位はディオン、三位あたりにジョシュアがいたりする)が、学力だけでは心許ないというか、無謀だった。しかも、小論文に個別試問、面接もあるのだという。専攻によってはグループディスカッションにハイスクールでの課外活動のプレゼン……調べてみてテランスは頭を抱えた。「なんとなく」で過ごした身にはかなりのプレッシャーだったが、ディオンのみならずジョシュア達も『テランスはなんとかなるんじゃない?』と勝手にA判定を下していた。ちなみにディオンもまたA判定だった。S判定ではない理由は、「万が一、試験官にバイアスがかかっていたら危うい」ということらしい。
 そんな「仲間」達の論評という名の揶揄をディオンは楽しそうに聞いていた。
 記憶が戻る前のディオンは、あの初夏の段階で進路をほぼ固めていたらしい。否、彼には決定権はなかった。それを、例の国史担当の講師に勧められたのもあって蹴った。そういえば、と彼が淋しげに笑って語るには、テランス達が暮らす街に越してきたのもせめてもの抵抗だったのだ、と。
 既視感のあるその笑みはやはり哀しい。それをごまかしたくてテランスは彼の頬をむにむにとつねり――、そうしてしばらく見つめあってから二人で笑い転げた。さらにその後に「以前から親交のあったジョシュアにこの地へ誘われたのだ」と聞いたときは複雑で奇妙な思いに駆られたのだが、そんな「都合がよすぎる」件についてはジョシュア本人にテランスひとりで真相を聞いた。
 ジョシュア曰く『君を見つけたのと大体同じ頃に彼が「彼」であると分かったんだ。そのときに、まあ色々あって……謎の転校生になるには彼のほうがお似合いだよね』とのことだったが……それは分からないようでなんとなく分かるような気もした。
 テランスが選んだハイスクールにジョシュアもまた入った。その際、クライヴとジルも在学中の大学から「引きずってきた」らしい。ヨーテは勿論のこと、クライヴが面倒を見ているというミドも、同じく。その熱量はどこから来るのだろう、という疑問にもジョシュアは案外すんなりと答えてくれた。

*  *

 ――幸せになってほしいんだよね。本当に。
 ディオンは隠れ家で多くを語らなかったが、心残りはないと決戦の前にクライヴへ手紙を出したらしい。ということは少なからずの心残りがあった――もしくは「ある」――と逆説を立てることもできる。しかしそれを聞き出すには時間が足りなかった。結局、仔細は「転生」した後に、同じように記憶を持つクライヴやジル、ヨーテにミドから聞いたのだとジョシュアは明かした。世界の理が変わり、「神」と呼ばれし者を倒し……自分自身と彼はその命を終えた後のことを。そして、荒れる世界の治安に努めるべく駆けずり回りながら、彼を探し続けた「探索者」のことも。
 テランスがジョシュアから色々と聞いていた折に、その場に居合わせたジルがチェーン店のコーヒーカップを手にして微笑んで続けた。『貴方は泣き上戸だったわね。自分では憶えていないでしょうけど、彼の名前を泣きながら何度も呼んでいた。……そのまま寝入ってしまったから、そのたびにクライヴが運んだものよ』と語られ、テランスは気まずげに視線を逸らした。憶えています、とだけ呟き、後はうまく言葉が出てこなかった。今まで目を背け続けていた感情だった。
 荒みきった心の内を必死に隠して、平穏な日々がヴァリスゼアに訪れるように微力を尽くした。その後、かの地がどうなったかは分からない。一進一退のなか、彼が帰還したときに罪の意識が少しでも軽くなるように、とそればかりを願っていた。本当に、ただそれだけで。
 彼は帰ってこなかった。
 あの世界での最後の記憶は、最後に見たものは、何だっただろう。よく、憶えていない。悔しくて、苦しくて、寂しくて、悲しくて、彼の名を呼んだ。もはや朧げになってしまった彼を眼の裏に思い描いた。そんなふうに最後の日々をベッドの上で過ごしたことは、憶えている。
 ――けれど、今は。
 溜息をつくことでやるせなさを逃がそうとしたテランスは、ジョシュアとジルが同時に『あっ』と一点を見て声を上げたのを不思議に思った。だが、その一瞬後には何故彼らが声を上げたのか理解した。同時に、ばさばさと本が落ちる音がし、テランスの足元に本が散らばった。振り仰ぐと、彼が――ディオンが蒼白な顔で立ち尽くしていた。
 何かに導かれる霊のようにディオンが踵を返す。テラス席の階段を転びそうになりながらも降り、走り去った彼を呆然と見送ったテランスに、本を拾い始めたジョシュアが声をかけた。
『ほら、追いかけて』


 ディオンはすぐに見つかった。夕暮れも間近な大聖堂の前で立ち尽くす彼を促し、手を掴んで中央広場から道を逸れる。自失しかけたディオンはテランスに抗うこともせずに、よろよろとした足取りでついてきた。アパルトマンの一階に小さな店が立ち並ぶ路地には珍しく人けが少なかった。秋の日暮れは早い。慣れない観光客がまばらにいるだけだ。
 その観光客の視線がこちらに向けられる前に、テランスはさらに左に曲がった。しばらく進み、小さな噴水が中央に据えられた公園に入る。
 凍結防止のためなのだろう、噴水はただの置き物と化していた。
 噴水を通り過ぎ、公園の隅に植わったマロニエにテランスはディオンを押し付けた。流石に驚いたのか、目を見開いた彼に構わず噛みつくようなキスを仕掛ける。何もかもがまどろっこしくて、身に迸る感情を彼にぶつけるのは間違っていると警鐘が鳴り響いても、もう止まらなかった。あのときの虚脱感を、寂しさや苦しさや絶望を、彼に知られてはならないのに。君がいないのは酷く辛かった、と一言だけ告げて、後は彼の心を知りたいと願うばかりだったのに。
 現に戻ったのだろう、彼は力が抜けたまま抵抗してきた。咄嗟に引き結んだそんな彼の唇を舐め、舌先でつつく。糾弾よりも哀願にも似たまなざしと共にほんの薄く開いたその隙間から舌を捻じ込む。この「体」でそんなことをしたことはない。記憶を取り戻した初夏からこの秋まで、どちらかが、あるいは両方ともが怖気付いた結果、触れ合うようなキスを数度したくらいだった。それでも、心は隅々まで満たされた。同じような心持ちになったらしい彼も、唇に指先を当てて嬉しそうに頬を朱に染めていた――。
 それってどうなの?と「解せぬ」という表情で訊いてきたミドに、『幸せなのだ』とディオンは答えたらしい。後にミドから聞いた。『あれ、他の人に見せちゃまずいよ』と続けてミドはテランスにこっそり囁いた。多くの人を魅了する彼の、とろけそうなほどの微笑み。それを目の当たりにした者はもれなく誤解するだろう。ミドの言葉を待つまでもなく、テランスは『分かってる』と苦笑した。そんなテランスに、ミドはさらに付け足した。『大体、テランスもディオンも老成しすぎ。あたしもそうだけど、アンタ達も十代なんだからね? ピチピチの!』
 ピチピチ、という形容詞はどうかと思いつつも、テランスにも思うところはあった。燻るものがまったくないと言えば大嘘で、彼に触れる夢を幾度も見た。「いいところ」で目覚め、下肢に粘つく液体を億劫な気分で拭ったこともしばしば。……そんなときに限って、ディオンが登校を共にと家のベルを鳴らすことも多かった。彼が傷つくかもしれないと思いながらも、そんなときはまっすぐ彼の瞳を見つめるまでに数時間を要した。
 だけど。
 ……否、だからこそ。
 木に押し付けて、後は彼の動きを封じ込めてしまう。舌先が触れ合った瞬間、背を貫くような快感が襲った。自分の感情のすべてをその感覚に委ね、彼に深く口づけた。
 記憶を呼び起こす。彼が好きなところ、啼くところ。それらをなぞると、彼は身を捩らせた。どれもがビンゴで、昏い喜びが身を浸す。こんなキスをしたのも、本当に、本当に久しぶりで、それなのに自然と体は動いた。
 ん、と彼の吐息混じりの声が甘やかなそれに変わったのを聞き、テランスはディオンの束縛を解いた。瞬間、背と後頭部に手を伸ばされ、抱きしめられる。閉じかけた琥珀色の瞳が再び開かれると、瞳の色は黄金にも見えた。
 だが、少しも怖くなかった。綺麗だとしか思えなかった。
 彼が、この腕のなかにいる。荒み続ける世界の、そのどこにもいないと嘆いたあの日々は、こうして報われている。
 跳ねる鼓動。満ちる吐息。仕返しとばかりに、弱いところを探られ、テランスは白旗を掲げた。彼を閉じ込めるように抱きしめ、唇を擦り合わせた。
 マロニエの枯れ葉、秋の夕暮れ。キスの合間に微笑みを見せた彼の頬に、二粒の雫が転げ落ちた。

* * *

 あれからはしばらく互いに夢中で、危うく締め切り間近の願書を出し忘れるところだった。ふと思い出したテランスは、忍び笑いで振り返った。断腸の思いで「キスは一日一回まで、それ以上は何がなんでもなし」と間抜けな響きを持つ約束もした。……その約束を破ろうとしたのは大抵ディオンのほうで、深いキスにすっかり当てられて熱を放ちたい、と潤んだ瞳で見つめられたときには、流石のテランスも理性が飛びそうになった。ディオンの物言いたげな視線に、「何もしない何もしない……少なくとも今は」といつもの呪文を唱えて小論文の参考書を開いたものだったが――。


「起こせと言ったのに……」
 胡乱な気配に、テランスは我に返った。慌てたそぶりを見せないようにワイヤレスイヤホンを取ってから見やれば、リクライニングを起こしながらディオンがこちらを睨んでいる。それでも、ジャケットを投げ返して「ありがとう」と不愛想に言う姿はやはり愛しくて、テランスができたことといえば「うん」と頷くだけだった。
 雑音に混ざってアナウンスが間もなく終着駅であることを告げる。この列車を降りると、そこはもう外国だ。もっとも、列車に乗る前にイミグレーションは完了しているから、とうに外国にいたことにはなる。
 外国かあ、と思わず呟いたテランスにディオンが笑った。
「いつも越境していただろう?」
「そうなんだけど……、パスポートって使った試しがないからさ」
 テランスが住まう街は、他国との国境が近い。隣の市はごく当たり前のように他国で、学校間の交流も盛んに行なわれている。お互いの国の歴史を調べましょう、という交流授業では沈黙が落ちたが、それを除けば「仲良し」ではあった。
 主要都市に繋がる特急列車が止まる交通の要衝たるテランスの街と、大きなショッピングモールを持つ隣の市。行き交うのにパスポートなんて要らなかったのだ。
 だが、今度は違う。目指す大学がある国は、今までと何もかも勝手が違うという。ネットや何やらで情報は拾っていたが、やはり狭い世界にいたな、とテランスは思った。
 ブレーキ音が響く。車両が揺れ、コートを羽織ろうとしていたディオンがよろけたのをテランスは抱きとめた。
「大丈夫?」
「ああ。……そう、お前も大丈夫だ」
 再度、アナウンスがかかる。乗客が立ち上がり始めるなか、ディオンの言葉の意味を掴み損ねたテランスの耳元で彼は囁いた。
「お前のことは、私が守る。心配など何もない」


 駅はすっかりホリデーシーズン仕様になっていた。駅は、商業施設も併設しているのだという。その構内をできるだけ見回さないように気を付けながらテランスは歩いたが、かたやディオンはといえば、思いきり「おのぼりさん」気分で「旅」を満喫しているようだった。不思議だとテランスは思ったが、すぐにその理由は分かった。一般市民としてこうして歩くのは初めてに近しいのだろう。
 浮かれ気味の彼の保護者になったつもりで手を繋いでいたが、吹き抜けの明るさにテランスも「わあ」と思わず声を上げた。
 地元のマーケットとは雰囲気がまるで異なる、人工的で広々としていて華やかな空間。行き交う人々も多様で、慣れているのだろうか、皆歩くのが速い。テランスが気後れしそうになったそのとき、ピアノのやわらかい音が聞こえた。
 テランスはディオンと顔を見合わせた。誰かが階下で耳馴染みのある曲を演奏している。
 視線が絡まる。二週間半の面接試験に必要なものは先に送ってしまったから、荷物は少ない。なんとなく、とそれでも持ってきてしまった楽器バッグを軽く掲げたテランスに、ディオンが頷いた。


 階下に下りた頃には、ピアノは空いていた。
「何にする?」
「そうだな……。「ピアノとフルートのための幻想の曲」は?」
「いいね」
 提案してきたディオンにテランスは頷き、管を温めるために息を吹き込んだ。ディオンも冷えた手を擦り合わせ、鍵盤の感触を確かめる。アルペジオが耳に心地よい。
 数台のカメラが置かれてあったが、取り立てて気にはならなかった。……何故か集まり始めた観衆も。
 視線が、合う。絡まる。頷いたディオンに促され、テランスは心に響いて止まない旋律を奏で始めた。