Long Time(久しぶり)

 久々に彼がやって来た。
 姿を認めた瞬間、嬉しいと思う自分に少し驚いた。胸が高鳴るって言葉はこういうときに使うのかしらんとなんとなく思った。
 くだを巻く客に見切りをつけ、カウンターで忙しく立ち回るマスターに声をかける。マスターは横目で彼を見やると、「仕方ないな」という顔で顎をしゃくった。これで彼の相手役は私で決まりだ。他の子達のやっかみ混じりの視線を受け流し、彼の元へと向かう。
 久しぶり。そう声をかけて座ってしまった私を、彼は咎めなかった。ああ、と短い応え。
 何か飲む? 訊くと、彼は首を横に振った。少し眠そうな声で、飲んできた、とやっぱり短い応え。
 疲れた顔をしていた。
 いったい何があったのか、とか、そもそも何をしている人なんだろう、とか。そういったことは私は知らない。知らない、ことにしている。時々来て、少し話をして、少し飲んで、それからの相手。それだけの相手。
 彼は多くを語らない。私が話すほうが多いだろうか。天気のこと、酒場のこと、聞きかじった噂話……その他諸々のこと。
 でも、今日はそういったことはすっ飛ばしたほうが良さそうだった。私が話す、彼が聞く。その時間は楽しみでもあったのだけれど。
 じゃあ。腕にそっと触れ、上目遣いで見つめ、声色も変えた。──行きましょうか。
 落ちてきた前髪をかきあげて彼は席を立った。私もそれに続く。腕に絡まると、腰を抱かれた。
 そうして歩く。酒場を出て、鳥車に乗って。行き着く先は、ありふれた宿なんかではなく、高そうなベッドのある館。
 彼が誰なのかは知らない。何を考えているのかは分からない。知っているのは、閨での顔と声。意外と優しいこと。前髪を下ろすと幼く見えること。
 部屋に入り、二人してベッドにもつれ込む。灯されたままの蝋燭はいつかは消えるだろう。そのままにすれば、彼の表情がしばらくは楽しめる。運が良ければ、寝顔も見られる。
 嬉しい、とそう思う。思ったから、仮面を外すような仕草で彼の頬を撫でた。
 今は、それでいいの。息を詰めた彼に、いつものようにささやいた。

あとがき

王様ディリータのつもりで書いた小話です。2021年3月発行の「Timeline until abandon the crown」にも掲載しました。心許せる、というわけではないですが、疲れるときもあるだろうということで…なんというか、そんなときに相手をしてくれるのは街のおねえさまかなとか思って書いてみました。ディリータに対する妄想びしばし話でございました。

2020.05.16 / 2023.11.25