導火線

 オルダリーアとイヴァリースの国境に面したゼラモニアは、現在は鴎国の領地であるが、かつては独立した国であった。軍事上の要所であること、土地は痩せているものの鉱石がよく取れる土地であることから、その所有権をめぐって幾多の争いが鴎国と畏国の間で繰り広げられてきた。結果として、ゼラモニアの民は辛酸を舐め続けてきたのである。
 先の五十年戦争でも戦場となったゼラモニアであったが、鴎国と畏国、両国が国内の混乱に陥っている間にかりそめの平和を得た。鴎国から課せられた重税はそのままではあったが、独立を願う機運は次第にゼラモニア内で高まっていった。

 それから十年。紆余曲折を経て独立運動は地下から抜け出し、ゼラモニアは鴎国に対して独立承認を求めた。当然鴎国側はこれを拒否したが、力で圧することは既に難しくなっていた。それほどゼラモニアは力を蓄えていたのである。これについては、畏国がゼラモニアへの援助を再開したためだというのが鴎国の見解だった。
 ……そして、もうひとつ。こちらはまるで根拠のない噂話だが、「鬼神」がゼラモニアについたためだという説もある。鬼神に吸い寄せられるように人は集まり、そうしてゼラモニアは力をつけた。荒唐無稽な話だが、信じる者は増え始めている……。

 畏国から戻ってきた諜報員が報告を終えて下がると、鴎国国王ラナードと宰相レナリオ伯は視線を交わした。
 宰相の表情は苦虫を噛み潰す一歩手前のような具合で、ラナードは苦笑した。だが、きっと己も同じような表情でいるに違いない。
「小賢しいな、英雄王」
 諜報員から受け取った書類をもう一度流し読む。そこには、畏国と鴎国属領ゼラモニアの現在の関係が記されてあった。そして、畏国がこれから取るであろう策略も。
 いまやゼラモニアは間違いなく鴎国のものであるというのに、畏国は己の分もわきまえずに過ちを再び繰り返すつもりらしい。内乱が終わり、王も代わった──、しかしそれくらいではその本質は何も変わらないようだった。
「まったくですな」
 レナリオ伯が頷く。それを見届けてからラナードは腕を組み、むう、と唸った。
 鴎国属領ゼラモニア。
 今では「五十年戦争」などと呼ばれているらしい戦は、かつての独立国家であるゼラモニアを巡るオルダリーアとイヴァリースの領土争いに端緒を開いた。隣国を弱体化させるためにゼラモニアの意を利用した畏国は、何を勘違いしたのか鴎国をも支配しようとした。……本当にそこまでの腹積もりがあったかは今では分からないし、反対に鴎国支配を口実にゼラモニアを奪取せんとした説も出ている。いずれにせよ、ゼラモニアが絡んだ戦いだったということに違いはなかった。
 戦には勝った。和平という形ではあるが、畏国は事実上の敗北を認めた。とはいえ、窮しているのはこちらも同じだったから、賠償金は無論有難く、戦の終結にも助けられた格好となった。
 あれから幾年、時代はまたゼラモニアに目を向けようとしているのか。あの厄介な地に。
「……こちらと握手を交わしたかと思えば、ゼラモニアへも手を伸ばす。ハイラルは天秤宮の生まれかもしれないぞ?」
「確か、人馬であったかと」
 放った冗談は不発に終わり、沈黙が流れる。宰相はこれだから、とラナードは己の側近を軽く睨みつけた。
「以前は懐疑的だったゼラモニアの貴族や「独立運動軍」の連中もようやく畏国の手を握ろうとしているようです。我が国と畏国の状況も掴んでいるのでしょうが、背に腹は変えられぬといったところでしょうか」
「そうだな」
 頓着せずに言った宰相に、ラナードは頷いた。
 鴎国と畏国の戦の後、疲弊しきった主国の目線を盗むようにしてゼラモニアは独立運動を再開させた。戦場となった地の一体何処にそんな余力があったのかと驚くほどだったが、そのときにはまだ畏国は絡んでいなかったらしい。よもや呂国が、と思いもしたが、それも違った。
 援助も何もなく、ゼラモニアは立ち上がった。もっとも、立ち上がっただけでその足を取るのは容易かったが。
「そういえば、いつからだ? ゼラモニアが急に力を付け始めたのは」
 ラナードは独り言のような口調で宰相に問うた。
「三年前からです。きっかけらしいものは見当たらなかったのですが、ゼラモニアが傭兵を多く雇い入れた時期ではありますな」
「その頃、畏国は何もしていない……」
「報告ではそうなっております」
 それもまた不可解だった。
 傭兵を雇い入れる資金源が畏国にあったのなら、話は分かりやすい。だが、宰相の放った間諜はそれを否定した。畏国はゼラモニアに関せず、むしろ──。
「既にお聞き及びかとは存じますが、ゼラモニアの勢力拡大を警戒したのか、その半年後に畏国は国境付近に派兵しています。こちらとゼラモニアの争いの火の粉を払う意味合いしかなかったようですが……、援助の手を差し伸べるといった雰囲気ではなかったようです」
「だが、今は違う?」
 宰相レナリオ伯は主の言葉に頷いた。
 ラナードは溜息をついた。一時は剣を突きつけた相手に、今、畏国は手を差し伸べている。情勢がそうさせているといえばそれまでだが、他を援助する余裕などあの国にはあるのだろうか?
 内政で手一杯なはずだが、と思いながらラナードは報告書を眺めた。それから宰相に目線をくれると、彼は心得たように一通の書簡を差し出した。
 それは、畏国国王から鴎国国王──自分へと宛てられた親書。内容は、先の戦で結んだ和平協定の維持を求めるもの。つまり、「これからもよろしく」といった程度の意味合いだが、他方ではゼラモニアを助けようとしている。そう、和平を結んだ相手の意をないがしろにして。
 やはり、畏国はゼラモニアに価値を見出しているのか。
「……イヴァリースめ」
 隣国の王の署名を眺め、ラナードは呟いた。独特の跳ねがある筆跡は英雄王という渾名から抱く豪快な印象とは異なったもので、違和感を少なからず覚えた。
 英雄王は何を考えているのか。あるいは、その側近達は。 
「案外、私情によるものかもしれません。己の縁者が彼の地にいる、とか」
「そのために国を動かすと? 随分と横暴な君主だ」
「案外の話でございますよ」
 すまし顔で言う宰相に、ラナードも笑った。隣国の王の為人は未だ知るところではないが、それでは王は務まらないだろう。王はすべてを掌握し、己の意を押し通すことができる……そう勘違いしている者も多いが、それは大きな間違いだ。王ほど己のために何もできない者はない。
「ゼラモニアとイヴァリースの動向を注視しろ。状況によっては返事の中身も変わる」
「御意」
「今はその程度で良いだろう。すべきことは他にも山積みだ」
 宰相はラナードの言葉に頷くと、そのまま退出の意を告げた。目線だけでラナードは諾と告げ、親書を机の上に投げ出す。
 そうして天井を仰いだ。
 オルダリーア。ゼラモニア。そして、イヴァリース。これから何が起きるのか。それとも、何も起きないのか。己の勘は「後世まで伝わるような何か」が動くだろうと囁いている。それは結構な確率でこれまで当たっていたので、ラナードはその勘を信じることにしていた。
 何が起きるのか。誰が、何を起こすのか。
 その鍵を握るのは──、イヴァリース。
 勘を確信に変え、ラナードは天井の見慣れた紋様を睨むように見据えた。

あとがき

2021年3月発行の「Timeline until abandon the crown」の再録作品です。イヴァリースとオルダリーア(鴎国)に挟まれた鴎国属領のゼラモニアが独立運動を再開した、というところから始まる話でした。ゼラモニアにラムザ達が加担している、という後日設定が(公式?に?)あるらしく、それをもとにしてマイワールドが広がっています。

ラナードやレナリオはバルバネスさんが亡くなる回想シーンで名前だけ出てきたキャラ達でしたが、何事もなければ鴎国の国王とその側近になっているだろうなと思っています(FFTの作中ではそんな記述はたぶんどこにもないのですが)。そんな彼らとディリータの対決も書いてみたいのですが、それはまたいつの日か。

2021.3.21 / 2023.11.25