第1回畏国縦横無尽ウルトラクイズ

決勝・ディープダンジョン

 オン・ザ・ロードで一体どれくらい来ただろうか。
 静かに煌めく海を見ながら、ウォージリスの街を見下ろしながら、ラムザは思った。
 ──国は人と地で成り立っていることを実感したよ。
 敗れ去った友人が言っていた言葉を思い出す。
 ──なかなかいい旅だった。
 敗れ去った友人が言っていた言葉を思い出す。
 そう、いい旅だった……幼なじみの言った言葉は、今、ラムザの胸に去来するものと等しい。
 楽しかった。驚いた。我を忘れた。絶叫した。笑い、走り、戦い、そして少し泣いた。そして、旅をした。この国をゆっくりと眺めた。
 今、自分は最後の戦いへと赴いている。おそらくは、実際の戦においても敵となるであろう男と決着をつけるために。
 海に吹く風は優しく髪をかき乱す。もう大分小さくなったウォージリスの街並みを視界から追いやると、彼は前へ向き直った。
 徐々に決勝地──ディープダンジョン──の姿が大きくなってくる。はやる心を抑え、彼はじっと決戦の地を見据えた。
 かごに乗ったラムザを運ぶ数十羽のコカトリスは、ディープダンジョンへ向けてまっすぐと飛んでいた。
 爽やかな風とはそぐわぬほどの緊張感に満ち満ちた音楽が流れてきたのは、その時だった。
 
「ここまで数多くの敗者が大地に散り、彼らの悔恨と羨望が今、ここに、ディープダンジョンへと向かう二人の勇者を生み出しました。ご紹介しましょう」
 いつになくシリアスなマメコウの声である。
 操舵がわりの紐をひき、彼は鳥を僅かに旋回させ、その速度も上げさせた。その先に、ヴォルマルフを運んでいる鳥たちの姿がある。
 
「ミュロンド・グレバドス教会所属にして神殿騎士団団長、ヴォルマルフ・ティンジェル氏であります。新生ゾディアックブレイブのリーダーとしての実力を存分に発揮し、ここまでほぼ危なげなく勝利を収めてきました。唯一苦しんだベッド砂漠ではハズレを十数枚引き当てるという一面がありましたが、後はすべて上位での通過。冷静にして沈着、暗い情念を瞳に宿しながらクイズに望む彼が新たな世界を築き上げるか、注目したいところです」
 
 マメコウは反対側の紐をひき、今度は逆向きに鳥を旋回させた。
 
「出身はイグーロス、古くから続く武門の棟梁として名高いベオルブ家の三男にして現在異端者街道驀進中のラムザ・ベオルブ氏です。ベオルブ家を出奔して以来、世中の不正を許すまじと少人数の仲間を引き連れてゲリラ戦を挑む彼のスタイルは、このクイズでも随所に現れていました。穏やかで中性的な顔には似合わないその戦闘スタイルは安定感にこそ欠けますが、ここ一番の大勝負では力を十二分に発揮しています。何だかんだといいながらやはり主人公。期待しましょう」
 
 眼下に広がる海は凪。頬を撫ぜて通り過ぎていく風音に、魔物の咆哮が僅かに混ざった。
 
「不敵に笑う闇の中の闇・ヴォルマルフ氏と、己の信念を信じて走る闇の中の光・ラムザ氏の直接対決。すべてはこのディープダンジョンで決します──」
 


 決勝の地に降り立った二人の挑戦者を出迎えるがごとく、狂詩曲めいた咆哮が迷宮に響き渡る。
 常ならば真暗闇のディープダンジョンもさすがに今はあかりが灯されている。青や赤、紫といったランプが灯るこのフロアは、夕暮れにも似た色合いに染まっていた。
 綺麗だな、とヴォルマルフが呟く。その落ち着いた声色にラムザは驚いたが、彼もしかしまた頷き、賛意を示した。
 スタッフ達がクイズの準備をする間、二人はそれきり何を話すでもなくこの空間を眺めていた。
 日常のいがみ合いを迷宮は吸収し、古より閉じ込められた冷気が胸をひたひたと浸す。徐々に、そして穏やかに高揚していく精神を感じながら、二人は時を待った。
 やがて。
 ヴォルマルフは振り向いた。そして、ラムザもまた。
 振り返れば、ここまで共に旅をしてきたマメコウとスタッフ達の姿。その誰もが最後の挑戦者達を見つめ、佇んでいた。
「準備ができました。さあ、始めましょうか」
 落ち着き払ったマメコウの声が二人を解答席へと促した。促され、二人はゆっくりとした足取りで与えられた解答席へ向かい、着席する。その解答席で、ラムザはふと手元に目線を落とした。
 ──同じように長い旅を経てきた解答席はあちらこちらに傷がついていた。
 
「ヴォルマルフ殿」
「……ああ」
 マメコウの呼びかけから少し遅れて、ヴォルマルフが夢から覚めたような声を上げた。さしもの彼もこの雰囲気には呑まれているのかもしれない。もしくは、感慨に浸っているためか。
 そんなヴォルマルフにマメコウは問うた。
「第一回畏国縦横無尽ウルトラクイズ。万を超える挑戦者の頂点に立つ──初代チャンピオンは誰ですか?」
「私だ」
 神聖な儀式の如く厳かに繰り出された問いに、ヴォルマルフは重々しく答えた。その応えにマメコウは深く頷く。
 そして。
「ラムザ殿」
「はい」
 ラムザはマメコウを見据えた。そればかりが自分の武器であると言わんばかりに彼はまっすぐにマメコウを見据え、己の抱く想いを押し出した。
 視線に気付いたマメコウは小さく笑み、やはりラムザにも問うた。
「良い瞳をしていらっしゃる。──第一回畏国縦横無尽ウルトラクイズ。国を駆け巡った末に覇者となる……初代クイズ王はどなたですか?」
「僕です」
 ラムザはきっぱりと答えた。その応えにマメコウは再び深く頷き、息を吸い込んだ。
「では」
 僅かに張り上げられた声が、迷宮に響く。響きが消えぬ間に彼は次の科白を唇に乗せる。
「第一回畏国縦横無尽ウルトラクイズ、いよいよ決勝戦を始めます。それでは、両者ともボタンに手をかけて」
 ヴォルマルフが、ラムザが、マメコウの合図で早押しボタンに手をかける。──そうして。
 
「問題!」
 
 決戦の火蓋は、切って落とされた。