第1回畏国縦横無尽ウルトラクイズ

第1次予選・マンダリア平原

 冗談はよせ、というくらいよく晴れた空の下。
 早朝のマンダリア平原はどこから降って沸いたのかというほどの人ごみでごった返していた。
 勿論、全員が今日から行われる「畏国縦横無尽ウルトラクイズ」の参加者および関係者であることは容易に想像される。草原を埋め尽くす人々に恐れをなしたのか、もともとの住人であるはずのゴブリンやチョコボはちっとも現れない。
 もうすぐ朝六時。第一問の発表の時間だ。
 草原をぐるりと見渡し、ラムザは感心したように目を丸くする。その隣ではムスタディオが同じように見渡し、やはり感心したようにヒューと口笛を吹いた。
「すごいなこりゃ。万は下らないぜ」
「あんなに申し込みが短期間だったのにすごいね……うわ、兄さん達まで来てるよ」
「北天は勢揃いだな。南天は……ああやはり来ている。さすがにオヴェリア様はいらっしゃらな……。……いらっしゃるのか」
 ラムザを挟んでムスタディオとは逆側を占めていたアグリアスが、がくりと肩を落とす。かつての主人はディリータの横でばりばりに燃えていた。
 まあまあ、と落ち込む仲間をラムザは励ます。自分達とて全員が参加するのだからある意味お互い様といえなくもない。そう思いながら彼はもう一度注意深く出場者を見渡した。
 異母兄を中心とした北天騎士団。ディリータ、オーラン、バルマウフラといった南天騎士団にオヴェリア。神殿騎士団は勢揃いだ。その他、時代考証はどうしたものやら、ウィーグラフにミルウーダといった骸騎士団もいたりする一方で、自分の仲間にはクラウドがいる。あそこでひとり両手に腰を当てて何かを企んでいるような男は、たぶんガフガリオンだろう。ちなみに、アルマは問題作成の手伝いをしてしまったおかげでクイズ期間中は幽閉状態だ。
 民間の参加者がいる一方で、この大会は今この戦に関わっている者達のオールスター戦といっても過言ではなかった。
 何といっても賞品が素晴らしいのだ。そして、あいつが出ているならば俺もとなるのが人情というもの。
 自分とてディリータには負けたくない、とラムザは思う。
 前方でおおお、と人々がどよめいた。
 今回の問題出場者である旅芸人マメコウ氏がステージに上がったらしい。小さく豆粒のように見える彼の向こうには「○」「×」と掲げられた看板がある。
 にわかに緊張が走ったのを自覚し、ラムザは居住まいを正した。

『注目すべき第一問! さあどんな問題になるか。あ、申し遅れましたが私、この大会の総合司会兼実況を務めさせていただきますガリランド商工会議所のマシカと申します。後々『』で喋ったら私もしくはゲスト解説の方々、と思っていただければ結構です。そして解説にはお馴染みダーラボンさんと』
『どうも』
『数々の技術協力をしていただきましたベスロディオさん』
『こんにちは』
『このお二方にお越しいただいております! さて第一問。御覧のように会場には既に○×のボードが準備されていますが、どんな問題が出されるのでしょう』
 ステージから少し離れたところにある特別チョコボ中継車から身を乗り出すように話し出した総合司会にゲスト解説陣は難しいですね、と首を傾げた。
 チョコボ車の上には急遽取り付けられた看板のようなものが幕をかけたままある。実はこの中身は巨大なイヴァリースの地図なのであるが……その説明は前ページに譲るとして、要するにこうして解説や茶々を入れながら全体の司会進行をこのチョコボ車は務めるという趣向のようだった。
『お、問題出題者であるマメコウ氏がステージにあがりました。どこかから『マメさーん』と呼ばれているようですね』
 総合司会マシカは一人笑い、咳払いをすると作った声色で叫んだ。
『勝てば天国負ければ地獄、早く来い来い木曜日! 畏国縦横無尽ウルトラクイズ、開幕です。……イェーイ』

 地響きともいえるようなどよめきは、マメコウが会場をぐるりと見渡す頃には静寂に変わっていた。
 そのかわり、会場を支配したのは何ともいえない緊張感。第一問発表前の息を呑むような緊張が広いマンダリア平原を包んでいる。
 すべての視線を集めたマメコウは笑むと、マイク代わりに握らされたメガホンを口に当てた。
「皆! ディープダンジョンに行きたいかーッ」
 おおーっ。奇声に合わせて参加者全員が拳を挙げ、シュプレヒコールが巻き起こる。
 ちなみにディープダンジョンが今回の最終チェックポイントであるらしい。
「優勝賞品がほしいかーッ」
 おおおーっ。さらに物凄い歓声。
「罰ゲームは怖くないかーッ!?」
 おおおおーっ。
「何が何でも第一問突破するぞーッ!」
 おおおおおーっ。もはや何が何だか分からないほどハイになった参加者全員の叫び声はうねりとなって空を貫いた。
 そして、静寂。
 永遠ともいえるようなその静寂の後に、おもむろにマメコウはステージのボードにかけられてあった布を落とした。
 中から出てきたのは、なんと第一問である。

第一問
BGMききたいでおなじみのそれぞれの楽曲師。
コメント数が一番多いのはサキモト氏である。○か×か?

 一瞬の沈黙の後に困惑のどよめきが起きた。中には卑怯だのサギだのと罵声を浴びせる輩もいる。
「またこれは……何とも」
「俺達には確認のしようがない……とりあえずすぐには。誰か分かる奴いるか?」
「分かるかよ! 吟遊詩人なら分かるか?!」
 手がかりを得んとして制限時間の十五分を有効に活かすべく、参加者は三々五々散っていく。それらを見送りながらディリータは腕を組んだ。
「とりあえずイワタ氏かサキモト氏かの二択だな……バルマウフラはどちらだと思う」
「さあ……私は歌舞踊曲の類は分からないわ。そこの占星術士さんかお姫さまのほうが詳しいのではなくて?」
 同じく腕組みをしたまま、バルマウフラは答え、肩を竦めた。こんな問題、情報マニアでもないかぎり到底分かりっこないのだ。
「俺もお手上げだ。オヴェリア様、どうですか?」
 確認するように手持ちの辞書を見ながらオーランが否定する。当然、怪物辞書にも答となるような記述は何一つなかった。
 突然話を振られ、オヴェリアは顔を上げる。そうして小首を傾げ、眉根を寄せた。
「何となく……心当たりはあるわ」
 おずおずとかき消えそうな声にディリータとバルマウフラとオーランが顔色を変える。誰か他の輩に聞かれたのではないかとそっと辺りを見やった。
 どうやら気付いた者はいないらしい。息を吐き、ディリータがオヴェリアを見つめる。
「それは確かか?」
「ええ、多分。前に楽師長が言っていたから」
 でも自信はないと首を振る彼女に肩を置き、ディリータはその耳元にそっと囁いた。
「では──。いや、まだ動くな。最後に動こう。俺達の回答を見て動く奴等が絶対にいるはずだ」
「ああ、そうだな。そうした方がいいだろう」
 ディリータの囁きにオーランが頷く。なかなかどうしてこのふたり、クイズにおいても策士であった。
 

 一方、チョコボ中継車は当然呑気である。
『いやーこれは難しい。難問です。士官アカデミーの歴代首席や吟遊詩人に参加者が群がっているようですが……なかなかこれは確認のしようがないでしょう』
 総合司会マシカがハイテンションになって実況する。
『いやはや、「BGMききたい」これに馴染みがある参加者は多いと思いますが、数なんてしっかり数えませんからね』
『こうなったらあとは運ですねぇ』
 ダーラボンとベスロディオは呑気に笑い合う。彼らとてこの問題を聞いたのは今が初めてだが、答える必要がないのでどこまでも呑気なのだった。
『そう、この大会は知力・体力・時の運! 答を知らないなら後はカンでいくしかありません! 残り時間はあと三十秒、参加者も大部分がその運命を定めたようです!』
 目の前では、「○」と「×」、それぞれの看板に参加者が群がり始めている。今のところ、その数は半々といったところであろうか。そして、まだ問題の前には数百人が残って最後の思案に暮れている。その中にはラムザ達もディリータ達もいた。
「俺さっぱり分かんねぇ。レーゼさんは教会音楽しか聴かなかったっていうしさー」
 ムスタディオがお手上げといったように肩を竦める。ラムザもアグリアスもそんな彼の悪態を咎めることなく、困ったように顔を見合わせた。
 何しろこの部隊、芸術方面に強い者が少なすぎるのである。
 頼みの綱であったレーゼはムスタディオの言うとおり、かなり片寄って音楽に触れていたので残念ながら戦力外。その恋人であるところのベイオウーフは音楽に疎く、しかし他の者もそれは五十歩百歩といったところだった。ついでに言えば、吟遊詩人はこの部隊にはいない。
 雑学のムスタディオ、サバイバルのベイオウーフ。政治経済のオルランドゥ伯に異文化に詳しいマラーク、ラファ、ついでにクラウド。女性のたしなみとしての教養はレーゼが、士官としての基本である教養はラムザやアグリアスが、教会を中心とした宗教についてはメリアドールが持っているのになぜか芸術系だけが弱い。
 だが。
「……そろそろ動かないとタイムオーバーだ」
 前方を見据えたまま、ぼそりとクラウドが呟く。確かにあともう十秒ほどしかない。このままでは失格である。
「うわ」
「こうなったら第一問目から時の運かぁ……。伯?」
 うらめしそうにラムザは天を見上げ、その拍子に、傍らの老伯の様子がおかしいことに気が付いた。父のかつての親友はどこかをじっと見据えている。
 ──その先にあるものとは。
 伯は手でラムザを制すると、一瞬の後に笑顔を見せた。そうして全員を手招きし、○と×の一方を指し示した。
「さあ、あと五秒! まだ決めてないヤツは急げェーッ」
 マメコウの合図に促されるようにラムザの部隊は一方に駆け出す。そしてまた、雷神シドが指し示した方にいた者達も、同じ方向を目指して走り出していた。
 「彼ら」をラムザはよく知っている。特にその中のひとりは「幼なじみ」として幼少の頃より一緒に育った人間だ。
「戦術のひとつだな」
「……なるほど」
 ラムザと同様にちらりと彼らを見やり、伯は笑んだ。
 
「ターイムアーップ!」
 大きく分かれた二つの人の群れを明示するかのように、綱が渡された。第一問の制限時間がたった今、終わったのである。
 マメコウは特別ステージに立つと、○と×、両陣営をぐるりと見渡した。興奮の余韻というべきか、戸惑いにも似たざわめきが会場内に未だ残っている。そして、誰もが己の言葉を待っていることを彼は知っていた。
 痛いほどの視線はすべて、マメコウに向けられている。その視線の意味をも彼は知っていた。
 やがてマメコウは、す、と片手を挙げた。その合図に従って彼の背後に控えし楽隊が楽器をかまえ、おなじみのFFTファンファーレを高らかに吹奏した。

♪ぱーっぱぱーっぱぱぱーぱっぱっぱー

 困惑気味の空気が一気に高揚していく。それがいよいよ最高潮に達しようというとき、彼はおもむろにメガホンを口に当てた。
 叫ぶのは勿論この科白である。
「皆! ディープダンジョンに行きたいかーッ」
 おおおーッ。会場を埋め尽くした参加者の誰もが唸る拳を突き上げる。その勢いは先程よりも数段ヒートアップしていた。
「どんなことをしてもディープダンジョンに行きたいかーーッ?!」
 おおおおおーッ。もはや説明不要の感がある。
「罰ゲームは怖くないかーッ!?」
 おおおおおおーッ。次いで、マメコウは「○」陣地にいる参加者達に向き直った。
「○の皆、自信はあるかーッ!」
 おおおおおおーッ。○に陣取った数多の戦士達が呼応するように唸る。その中には無論、あの人やこの人もいるのだが、それは読者諸氏のご想像にお任せしたい。
「×の皆、人数は少ない! だが、絶対に第一問突破するぞーーッ」
 ○の連中に負けじ、と×の戦士達もまた、叫ぶ。誰に促されるでもないそれは、まさしく魂の叫びであった。
 そして、静寂。
 波のように広がった静けさに「○」に佇むラムザはふと不安を覚え、周りにいる仲間に視線を走らせた。だが、誰もが前方の舞台に集中してしまい、彼の視線の所在など気にも留めない。
 ──否、ひとりだけいた。しかし、それは彼の「仲間」ではなかった。
 熱気に浮かされたような、それでいて常の冷ややかさを帯びた目でディリータはラムザを見ていた。
 視線が合い、彼はラムザに肩を竦めてみせた。そうして不思議なほどに穏やかに緩んだ瞳で、ラムザの視線を前方の舞台へと促した。
 舞台では今まさに、マメコウが第一問の正解を発表しようとしている。誰かが天に祈り、別の誰かが己の信じた答を呟き出す。
 それは次第に膨れ上がり、先刻のシュプレヒコール同様に爆発的な叫びとなった。おそらく、○と×の中間にいるロープ持ちのスタッフなどは両側からの半ば暴力的な「まーるまーる」「ばーつばーつ」コールが三日ほど幻聴となって残るだろう。
 だが、それは無論参加者にとっては預かりしらぬこと。そして、大会運営者にとってはこれほどの熱気は感激以外の何物でもない。
 すべての感情を呑み込み、会場はひとつとなって第一問の解答発表を待った。マメコウが口を開くのをじっと待った。
 そして。
「……覚悟はいいか!? 己の導き出した答を信じろ! 正解は!! これだーッ!!!」
 メガホンを手に大声で叫び返すと、マメコウはばっと背後を振り返った。第一問発表の際に使われたボードとよく似たボードが、やはり布を被って待機している。
 ──唐突に訪れた静寂と共に、布は落とされた。

「!」
「おっしゃあ!!」
 ムスタディオは、解答を見るなり飛び跳ねた。半ば呆然としているラムザとアグリアスの手をとり、ぶんぶんと振り回す。その衝撃でラムザとアグリアスも我に返った。
「……せ……正解?」
「通った?」
「おうともよ! 一時はどうなるかと思ったけどさすがは伯だなあッ! あ、マメさんが何か言おうとしてるぞ!」
「マメさん……」
 苦笑するオルランドゥやその他の仲間の唖然とする様子には目もくれず、ムスタディオは勢いよく振り返った。言うまでもなく彼がこの場でこの大会を一番心から楽しんでいる。だが、この場においてその姿勢は間違いなく正しい。
「……BGMききたいで紹介される曲は全部で96曲! その中には効果音も含まれていますが、この効果音を多く担当しているのもサキモト氏で、総計にして51曲に及びますッ! よって、正解は「○」だー!」
 マメコウが満面の笑みで勝者となった○エリアにいる参加者たちを称える。そして、抱き合い喜び合う正解者達の横で、約半分の敗者たちは呆然としてこの光景を眺めていた。
 ──勝てば天国、負ければ地獄。
 第一次予選はおおよそこのようにして進められた。本来ならば詳らかに事の次第を書き連ねるべきではあるが、それだけで一遍の話となってしまうため、ここでは割愛させていただく。
 陽も天高く昇る頃合、マンダリア平原の戦いは終了した。敗れ去った者達が見守る中、イヴァリースを駆け巡ることを許された者達は己の勝利を「バンザイ」をもって心の底から喜んだ。
 その数、きっかり百。
 こうして畏国縦横無尽ウルトラクイズは幕を開けた。