第4チェックポイント・ベッド砂漠
見渡すばかりの砂、砂、砂。
砂山は風によってひっきりなしにその姿を変え、その変えていく形にあわせて影もまた変わっていく。空はあくまで青く、陽は初秋というのに高く、風は強かった。
「綺麗ね。……でもそうも言ってられないわね」
砂避けのショールを巻き、遠くを見つめながら呟いたレーゼをベイオウーフは手招く。そうして風除けがわりに恋人をすっぽりと懐に収めてしまうと、何故?と小さく問い返した。
この瞬間、近くで茶を飲んでいたラムザチームはそのままカニ歩きで遠ざかり、通りすがりに会話を聞いてしまったオヴェリアをディリータは回れ右させた。彼らのまわりにはハートが飛びまくっているのである。
迂闊に近づけば流れハートにぶつかる。特に「これはハネムーンのかわりさ」などとほざいているベイオウーフ氏が放つ甘い言葉は、このベッド砂漠の砂を増量させてしまうだけの威力を持つ。
だがしかし、そんなことは勿論当の二人は知る由もなく。
「人の及ぶところではなくて、だから綺麗で。だから……怖い」
「……大丈夫。何があっても俺が君を守る」
砂漠の一点を見つめたままのレーゼをぎゅ、とベイオウーフは抱きしめる。その瞬間、砂山がひとつ崩れた。
「クイズでどうやって守るんでしょうねえ。あ、オヴェリア様もどうぞ。ディリータ、姫様の分のお茶よろしくね」
ずずず。ラムザはミントティーをすすった。
「ありがとう。……でも、ちょっと羨ましいわ」
こくり。オヴェリアもまた、茶坊主と化したディリータから茶器を受け取ると、一口口に含んだ。そうして漏れ出た羨望と願望に茶坊主ディリータがかくりとよろける。
「それ以上は言わないほうがいいですよ」
「何故?」
「そこで自信喪失してる奴が人魂飛ばすからです」
「あら?」
空はあくまで青く、風はあくまで強く、どこまでも砂の世界。
だが、空の一点が黒く染まりだしたことに気付く参加者はまだいなかった。
それから半刻後。参加者達は一箇所に集められた。
誰もが「もうこれしか残っていないのか」というような表情で、互いの顔を見つめる。それもそのはず、マンダリアでの第一次予選では確かに万を超える人数が参加していたのに、今となっては十二名しか残っていないのだ。
ディリータ、オーラン、バルマウフラにオヴェリア。ラムザにアグリアス、メリアドール、ベイオウーフ、レーゼ。ヴォルマルフにクレティアン。そして一般参加としか言いようがない冒険家のランディ・アジ。
「だいぶ減りましたね〜」
マメコウは呑気に言い、例の挨拶をした。
「しかしまだまだディープダンジョンははるか彼方。これからも過酷な戦いが皆さんを待ち受けるでありましょう。その過酷な戦いに立ち向かうのに必要なもの、それは体力!」
「……ちょっと強引ね」
フードを風になびかせ呟いたメリアドールの言葉は誰もが等しく思うことだったが、無論マメコウはさらりと流す。
「体力ってこんな砂漠で何を……」
「皆さん、あちらをご覧くださいッ!」
「何?」
びしっとマメコウが指し示した方向をその全員が見る。指し示した先は真っ青な空──いや違う、蠢く黒雲が次第にその範囲を広げているという不気味な光景がそこには広がっていた。
「あれ……雲か?」
「違うわ、あれは鳥よ!」
「げっ、ジュラエイビスだ!」
ディリータが首を傾げ、オヴェリアが気付き、ラムザがすっとんきょうな声を上げる。そうするうちに二十羽ほどのジュラエイビスはぐんぐんと近づいてきた。足に、何か大きな袋を付けて。
「あれは……」
まるで郵便屋のようだなとオーランが思ったその瞬間、次々とジュラエイビスは互いの袋の底を破り──そうして紙束は砂漠にばらまかれた。
「問題はあそこだ! さあ、取りに走れー!」
無責任なマメコウの掛け声と共に、バラマキクイズが幕を開けた。
「俺、負けててよかったな……」
灼熱の大地を駆け巡る参加者達を眺め、ムスタディオは呟いた。
「ヴォルマルフ殿、これを何と読むッ?!」
大きく「ハズレ」と書かれたカードを突きつけられ、ヴォルマルフが「くそっ」という捨て台詞と共にまた走り去っていく。
もはや大方が勝ち抜けている。残るは何故か今回運の悪いヴォルマルフに常に運が悪いディリータ、暑さに弱いバルマウフラに基礎体力のないオヴェリアだ。
「問題。士官アカデミーがあるのはどこでしょう?」
「……」
タイムリミットのブザーが鳴り、オヴェリアもまたくるりと踵を返したがしかしその足取りは重い。どう考えてもこのクイズは彼女に分が悪すぎる。そもそも答えられなかったのも意識が朦朧としているためだ。
「大丈夫か?」
「ディリータ。あなたは勝ち抜けて。先に行って……」
息も絶え絶えに言うオヴェリアに、しかし、とディリータは顔を曇らせる。
確かにもうオヴェリアはここが限界かもしれない。だが、彼女を置いて自分だけが勝ち抜いていいものか──。愛ゆえの葛藤に苦しみ始めたディリータだったが、何者かに後頭部をべしと叩かれ、ふと我に返った。
「いいから行きなさい。私たちは高みの見物と洒落こむから」
「バルマウフラ……」
いいチャンスだ、とバルマウフラは笑ってみせた。
この先はきっとさらにクイズは過酷さを増し、落とされる人数もひとりずつになるだろう。どこで敗者になるにせよこの姫君には誰かが一緒にいた方がいい。そういうことなのだ。
たくさん土産話を聞かせてね、とオヴェリアにまで言われ、ディリータは覚悟を決めた。
彼女をバルマウフラに託し、今度こそ問題が入ったカードを掴むべくダッシュで走り出す。
ヴォルマルフの勝ち抜け音がその時砂漠に響いた。
空はあくまで青く、風はあくまで強く、どこまでも砂の世界。
「さてさて。罰ゲーム始まっちゃいました」
「もう誰もいないわね……」
数刻前の暑さはもうない。陽は傾き始め、先程よりは穏やかな風が砂漠に吹き渡っていた。
無論、砂漠でバラマキの罰ゲームといえば伝統芸「おいてけぼり」である。
「本当に近くの街まで辿り着けるものなのかしら」
昔、師より習ったのだという方位術で方角を割り出しながらオヴェリアはバルマウフラに訊ねた。その訊ね方はどこか呑気でこの罰ゲームの状況とはあまりそぐわない。
自分があまり深刻ぶっていないのが多分にあるのだろうな、とその声にバルマウフラは思う。実際、この状況を深刻に受け止めていないのだから仕方がないといえば仕方がないのだ。
何故ならば。
「まあ、辿り着けなくてもスタッフが迎えに来るでしょう」
置き去りにするなんて普通やらないだろう。
「本当に?」
「……多分」
ぐるり見渡せば、自分達の他には誰もいない無人の砂漠。さすがのバルマウフラも頬がひきつる。
気がつけば、何ということか、スタッフ達もいなくなっていた。
……彼女達が無事帰還できたか知る者はいない。