第1回畏国縦横無尽ウルトラクイズ

準決勝・ゴルゴラルダ処刑場

 丘からライオネルの街を見下ろす。人々の営みを伝える街の喧騒もここまでは届かず、空と地の狭間に街は抱かれるようにしてただ存在していた。
 ──もうすぐ旅が終わる。
 高台に据えられた砦から街を望み、オーランは思った。この長く険しく楽しかった戦いも残すところ準決勝と決勝のみである。ここまで来てしまったという思いと、どうせならば勝ちたいという思いが混ざり合い、それは彼にひどく複雑な溜息を吐かせるに至った。
 楽しかった。そして知ることができた。
 そもそも、こんな機会でもなければ国内を漫遊するなどということはありえない。この旅は、数多ある事実の一端を真実として捉えていた自分のその狭量さを知る旅でもあり、この国の広さを実感した旅でもあった。
 国は人と地で成り立っている。それを知ることができた。
「オーラン」
 呼びかけられ、オーランは振り向く。戦争では同じ陣営である男がこちらに歩いてくる。彼の素振りからもう間もなくに準決勝が始まるのだと知れた。
 そういえば。オーランは内心で微笑む。この男の色々な側面を垣間見ることができたのも、収穫といえば収穫だったかもしれない。
「……不気味な笑いだな。行くぞ、そろそろ始まるらしい」
 ああ、と返しオーランはディリータと肩を並べて歩き出した。瞑想しているヴォルマルフの横を通り過ぎ、緊張気味に頬を紅潮させているラムザと一言二言、言葉を交わした。
 ゴルゴラルダ処刑場。街とは丘を挟んで反対側に作られた処刑場が準決勝の舞台となる。
 ──果たしてこの場で処刑されるのは、誰か。
 並べられた四つの解答席を目指し、オーラン達は丘を降りた。



「ヴォルマルフ殿、ライバルはどなたですか?」
「……ライバルなぞおらん。自分以外のすべてが邪魔者だと……そう答えておけば貴殿は満足するのかな?」
「……。ラ、ラムザ殿。ライバルはどなたですか?」
「ディリータ。……僕は彼をライバルと呼びたい」
「オーラン殿。ライバルはどなたですか?」
「ディリータかな。天敵ともいうかもしれないけども」
「なるほど。二人からライバル指名を受けましたが、ディリータ殿。ライバルはどなたですか?」
「自分自身だ」
「──分かりました。それではボタンに各自手をかけて! 第一回畏国縦横無尽ウルトラクイズ準決勝、通せんぼクイズを只今より始めますッ」
 
 戦いは苛烈を極め、それはまるで実際の戦のようだった。
 誰かが通過席に立つと、他の三人が勝ち抜けを阻止すべく全力で問題に挑む。ヴォルマルフが通過席に立てば、彼を危険視するラムザがその外見とは裏腹の電光石火の早押しを見せ、ディリータが通過席に立てば、彼をライバルだと公言した二人が共闘し、オーランが立てばディリータが、ラムザが立てば全員が阻止した。
「少し疲れが見えてきたか? オーラン殿、通過席へどうぞ」
「ああ」
 痛いほどの静寂の中、三ポイントを奪取し通過席へ向かう自分の足音──ゴルゴラルダの乾土を踏む音──だけが耳に届く。
 次に出される問題を答えて正解となれば勝ち抜け、他の三人が正解あるいは自分が誤答した場合はポイントがゼロになり、解答席へ逆戻りとなる。これまでオーランは三回通過席に立ち、ディリータに二回阻止され、ラムザに一回阻止されていた。
 おそらく。通過席のボタンに手をかけ、オーランは思う。
 この四人の中で勝利に対する欲が最も薄いのは自分だ。今こうしてここに立つことで緊張はしているが、焦りはない。別れの際に義父が言い渡したとおり、自分はこの戦いを純粋に楽しんでいる。
「問題。聖アジョラの第一使徒が隠れ──」
 ピーン。
 自分の指が動くよりも早く生み出された硬く澄んだ音にオーランは顔を上げた。
 ラムザのハテナハットの「ハテナ」が立ち上がっている。問題が問題だからだろう、ヴォルマルフの舌打ちする音がオーランのところまで聞こえてきた。
「バリアスの谷」
 落ち着いた声でラムザが答える。その声でオーランは築き上げてきたすべてのものを失った。
 
 一方、スタッフ達の間ではハプニングが発生していた。
「くそ、このままじゃ問題足りねえ……あいつら問題使いすぎだ!」
 ガリランド商工会議所から出向しているスタッフAは頭を抱えて呻いた。隣ではザランダ商工会議所青年団長がスタッフに予備問題の手配を叫んでいる。さらにその隣では「悪い予感がしたんだよ」とヤードーのスタッフ達が項垂れ、しかし誰もがこの世紀のバトルに胸を滾らせていた。
 こんなこともあろうかと一応用意しておいた予備問題を労働八号と運ぶムスタディオもそれは同様である。ちなみに、はっちゃんこと労働八号は普段滞在を命じられているゴーグから手伝いにやって来たのだった。
「この問題もあっというまに消費する気なんだろうなあ。なあ、はっちゃん」
「何デアリマショウ? ゴ主人代理」
「お前、問題作れない?」
 いくら何でもそりゃ無理な話である。
 
 もはや陽は西の山々に姿を消そうとしていた。
 既に解答席のひとつは無人となっている。一刻ほど前にヴォルマルフが追撃の手を振り切って勝ち抜けてしまったためだ。
 故に残っているのは、ディリータ、オーラン、そしてラムザの三人。このうち一人だけが決勝に進むことができ、後の二人はこのゴルゴラルダで散ることになる。
 初秋の穏やかな風が三人の意識を揺さぶって気紛れに消えた。そんな瑣末事にさえ意識を奪われてしまうほど、三人は疲弊していた。
 限界が近いな──。解答席で二ポイントを保持するオーランはぐっと唇を噛んだ。元々武人ではない自分は、反射神経においては他の二人に遅れをとる。疲労による意識の散逸を防ぐためには、短期決戦で挑むよりほかない。
 まずいな──。オーランと同じく解答席で二ポイントを保持するラムザもまた、眉根を寄せて渋面をつくった。問題に対する知識量はオーランが、戦略や戦術においてはディリータが自分よりも一歩抜きん出ている。勝つには、短期決戦で挑むよりほかない。
 くそ、目がかすむ──。通過席へと歩みながらディリータは軽く頭を振った。他の二人は自分をライバル視している。それは異なった理由からだろうが、いずれにせよ自分にとって分厚い障壁であることは間違いない。振り切り、教会の長と一騎討ちするにはもはや誰よりも早く答を繰り出すよりほかないのだ。
 それぞれがそれぞれの思惑を抱き、対峙する。その様子を感慨深げに見守り、マメコウはしゃがれた声で問題を読み上げた。
「問題。今やヴォルマルフ殿が保持する聖石ヴァルゴ。入手方法は?」
 永遠にも思える数秒の後、解答席から「ハテナ」が上がった。
「ラムザ殿、阻止できるか? 答は!」
「聖アジョラが復活したらぶっ倒す!」
 正解を告げるジングルが鳴り響き、ディリータは築き上げてきたすべてのものを失った。
 
「……。おのれ」
 勝者席から歯軋りがした。
「何で知ってんだよ、ラムザ……」
 解答席、そしてスタッフ組から呆れた声が上がった。
 
 ディリータが通過席を去り、入れ替わりにその場に立ったのはラムザだった。すれ違いざま、かつての親友を見やると、ディリータは僅かに目を細め、そして解答席へと立ち去っていった。
 ぬくもりの残る通過席用ハテナハットをかぶると、しっかりと顎紐を結ぶ。
 ラムザには予感があった。その予感に導かれるままにボタンに手をかけ、マメコウの発する声を待った。
 自分は、必ず勝つ。
 何故ならば──。

「よいしょ、と。この布袋を首からかけてくださいね」
 ディリータとオーランはマメコウが持ってきた白い布袋を見やり、何とも言えない複雑そうな顔をした。
 あれから既に半日。
 準決勝を終えた頃には日も暮れていたため、罰ゲームは明るくなってからということになったのだった。その言葉に違わず、今日は雲ひとつない青空が広がっている。
 逆らう気もなく、情けない顔のままディリータとオーランは布袋を首からかけた。続いてずいっと紐が出される。
「何だこれは?」
「これでディリータ殿の左足と、オーラン殿の右足を縛ってください。二人三脚の要領ですよ」
「はあ」
「……」
 もうなるようになれというような溜息の後にディリータが紐を受け取り、オーランと自分との足を結ぶ。まさかこの男と二人三脚のような真似事をするなど生まれてこの方思ったこともなかったが、人生何があるか分からない。
「これでドーターまで戻れ。そういうことかな?」
「いえいえ」
 期待をこめて訊いたオーランにマメコウはあっさりと首を振った。そうして指を鳴らして合図をすると、がらがらと荷車が二人の目の前に運ばれてきた。
 荷車に積まれているのは──たくさんのレンガ。
「先々代の団長の代あたりからライオネル聖印騎士団で行われているペナルティなんですけどね。あ、よいしょっと」
 レンガをひとつずつマメコウは二人が首からかけた布袋に入れていく。レンガといえば土の塊だ。当然それは重い。
「ぐえ」
「首が抜ける……」
 十個ほどレンガをそれぞれの布袋に入れただろうか、マメコウはふと手を止めると、苦しさと情けなさが混在している風情の南天騎士団の重要人物二人ににっこりと告げた。
「ではこの姿でウォージリスの港まで行っていただきましょう。ドーターまで歩けとは言いませんから、お二人の親睦を深めるためにですね、ぜひここで一緒に苦しみを分かち合っていただこうかと」
 そうして空となった荷車をがらがらと押し、砂塵を巻き起こしながらマメコウはあっという間に去っていった。
 

 その後、ゴルゴラルダからウォージリスへ向かう街道では珍妙なものが見られたという。
「オーラン、貴様体力なさすぎだ。ほら、とっとと歩け!」
「お前が俺の足を踏みまくるだろうが、ディリータ!」
 よたよたと歩きながら二人の青年は悪態をつきまくった。
 普段背負った猫をどこかに放り出したようなディリータとオーランのやりとりはしっかりウォージリスまで続けられ、それはしばらくの間、街道筋の噂話として評判だったとか。
 ちなみに、この件が後々まで二人を険悪の仲にせしめたのは、勿論言うまでもない。