第1回畏国縦横無尽ウルトラクイズ

第3チェックポイント・ゼイレキレの滝

「……一人変なのがいるな」
「確かに……」
 どうどうと滝壷に向かって流れ落ちる水音に紛れ込むくらいの声音で呟いたヴォルマルフに、「学内第二位」のタスキを半強制的にかけられっぱなしのクレティアンは頷いた。
 ひの、ふの、み、と数えて行き、自身の記憶と照合する。どう考えてもひとり違うのがいる。
「あれ?」
 別のところではラムザが周囲を見渡した。ここまで騒がしいくらいににぎやかだった友人がそばにいない。そのかわりによく見慣れた幼なじみが少し離れたところで佇んでいる。
「アグリアス、ベイオウーフさん、ムスタディオは?」
「見なかったぞ?」
「一緒ではなかったのか?」
「いや──」
 そういえば朝から見ていない、と言いかけてラムザはある一点を見つめた。忙しく動き回るスタッフの中によくよく見慣れた金髪しっぽが揺れている。
 何故か、スタッフそろいのジャンパーなぞ着込んで。
「あれ、ムスタディオ?」
「ああ、あんなところに。……何故スタッフジャンパーなんて着ているのかしら?」
 ラムザの視線を追い、ひょいと覗き込んだメリアドールの疑問はその場にいたラムザチーム全員が共通して持つものだ。だから同じ方向にそろって首を傾げてみた。
 ムスタディオはいる。そこに確かにいる。だがしかし、「クイズスタッフ」と堂々と書かれたスタッフ専用ジャンパーを羽織り、くるくると忙しそうにセッティングに精を出しているのは一体全体どういうことだ。
「とりあえず聞いてみようか。おーいムスタディ」
「おっはよーごっざいまーす!」
 オ、と言いかけたラムザを遮るように大声を張り上げたのはおなじみマメコウだった。彼の挨拶に反射的におはようございまーす、と仲良く唱和してしまうあたり、ここまで勝ち残ってきた者たちの間にも妙な結束が芽生えてきている。
 マメコウは例によってぐるりと見回し、さて、と咳払いした。
「旅もいよいよ中盤。ここからが本格的な旅です。が、その前に」
 先刻のクレティアン同様、マメコウもまた、ひの、ふの、みと参加者達を数え上げる。その指がある人物に向かって指し示されたとき、彼は数え上げるのをやめた。
 指に促されるように、参加者達の視線もまた彼に集中する。彼はこの場にいてはいけないはずの人間だった。
「見慣れない人が、いますね?」
 憮然とした表情をつくるディリータを指差し、マメコウはにこりと笑った。ディリータ以外の全員がその笑みに思わず頷いてしまう。
「そして、あちらにも見慣れない人がいます」
 また別の方をマメコウが指差し、その先にあるものを認めて、今度はディリータを含む全員が頷いてしまった。
 マメコウの指の先には──スタッフジャンパーを着込んで不思議な機械をセッティングしているムスタディオがいる。いるだけではなく、何故か溶け込んでしまっている。
 ムスタディオは全員の視線に気がつくと、ぼりぼりと頭をかいた。
 ディリータとムスタディオ。本来こちらにいるはずの者と、既にこの場を去ってしかるべき者。両者の間を視線が忙しく行き来した。そんな中、マメコウは企みの顔でふたりに何やらタスキを渡す。
「では皆さんにタスキを披露していただきましょう!」
 そして、がくりとうなだれるふたりに死刑宣告にも似た響きをもって、マメコウは言い放った。
 ──もう賢明なる読者の方々はお察しのことかと思う。ふたりのタスキにはこんな言葉がでかでかと書かれていた。
 ディリータの方には、
「……敗者復活?」
 書かれている言葉をオヴェリアはそのまま読み上げた。
 そして、ムスタディオの「学内ワースト一位」のタスキのさらにその上にかけられたタスキには、
「……ドーター直行?」
 書かれている言葉をラムザはそのまま読み上げた。
『つまり、こういうことですね』
 ここまでは同行予定であるマシカが少し離れたところから解説を始める。
『参加者の方々が知らない間に敗者復活戦が行われたわけです。で、復活したのはディリータ殿。気の毒な敗者になってしまったのがムスタディオ氏。何があったかは後日マメコウさんに聞かなければなりませんが、とにかくそういうことのようです』
『本来ならば出発の地であるドーターへ強制送還するんですが、今後息子にはクイズで使う機器の整備をさせようと思いましてな。息子が敗者なのに何故かいるのはそういったわけです』
『なるほど、そういうことですか』
 マシカの後をうけて、ベスロディオの呑気な説明にダーラボンが暢気に頷く。ははあ、と気の抜けた驚き方をしていた参加者達もとりあえずそれで納得したのであった。
「ということで! ディリータ殿、復活おめでとうございます! ムスタディオ殿、これからはスタッフの一員としてこきつかわせていただきますんでよろしくお願いします!」
「……さりげにひどいこと言うなあ。畜生、でもいいさ。そんなわけだからラムザ、アグリアスさん、俺の仇を取ってくれよー!」
「あ、ああ」
「うん、分かった」
 負けても最後まで見ることができるのだったら結構悪くない。そんなふうに思うムスタディオは生来の楽天家だった。
 少なくとも、復活したくせに何となくプライドが邪魔をして喜べないディリータの百倍ほどは。
 
「さて前置きが長くなりましたが、ここはゼイレキレの滝。物凄い水量が滝壷へと落ちることで知られる名所です。当然私も相当声を張り上げないと何を言っているか分からないくらいどーどーと流れているわけなんですが、ここで行われるクイズはそんな悪条件をも吹き飛ばすようなクイズです!」
「……まさか滝登りしろとか言うのではあるまいな」
 それは絶対無理だ。恐いものなど殆どないはずのヴォルマルフがさすがに表情を暗くして呟いたが、それに対してマメコウは違います、と笑顔で答えた。
「ブナンザ親子の技術協力により実現したこのクイズ、その名も! 滝壺絶叫大声クイズ!」
 じゃかじゃーんとマメコウは後ろを指し示す。そこにあるのは、人数分の解答席とハテナハット、そして不可思議なバーだった。
 
 大声クイズ。それは、早押しボタンのかわりに大声を出すことで解答権を得るクイズ。バーは声量を測定するもの、そしてハテナハットは解答権を奪取した際にポコペンとハテナマークが上がることで、解答権が誰に行ったか分かるシロモノである。
 どうやらこのふたつ、以前徒然なるままにベスロディオが開発したものをムスタディオがクイズ用に仕立て上げたものらしい。
「大声……」
 常日頃、囁くようにしか物を言うことのないオヴェリアが暗い顔をして呟く。大声を張り上げるなんて淑女のたしなみとしてどうだろう。いや、その前に呼吸困難で倒れてしまうのではないか。
 どうどうと流れ落ちるゼルテニアの滝に目を向け、彼女はよろけた。罰ゲームは絶対にこの滝に絡んでくるに決まっているのだから。
「オヴェリア? 顔色が悪いぞ」
 オヴェリアの前に解答席を得たディリータが振り返り、声をかける。青ざめた頬を軽く撫で、ここがどこかということも忘れて彼女の言葉を待った。
 勿論、このシーンをスタッフが逃すわけもなく、後々このエピソードは延々と語られることになるが、それはまた別のお話。
「私、ここで負けてしまうかも」
「大声クイズだからか? ……あまり気負うな。肩の力を抜いて、問題に向き合えばいいのさ」
 ディリータの科白にオヴェリアは目をぱちくりと見開いたが、次の瞬間、ふわりと微笑んだ。
「ありがとう、ディリータ。私……」
「ん?」
「ディリータと一緒にまた旅ができるようになって、嬉しかった」
「そうか」
 すっかり二人の世界である。
 
「あー、よろしいですか?」
 だがしかし、この勢いで物事を進めていたらいつまで経っても終わらず、日が暮れる。咳払いひとつでディリータとオヴェリアの二人と参加者全員の注意をひきつけ、マメコウは話し始めた。
「では今からこちらで考案した『絶叫フレーズ』を発表させていただきます。異論反論御意見御都合御感想一切受け付けませんのであしからず。さくさくといきましょう。まず、ザルバッグ殿から。ザルバッグ殿の絶叫フレーズは、『俺はザル袋じゃない!!』です」
「気にしていることを……」
 ザルバッグの解答席の前にぺたり、と絶叫フレーズとやらが書き込まれたボードが貼られる。
「続いてそのお隣、一般人として奮戦します、冒険家ランディ・アジ殿の絶叫フレーズは『コウモリなんか恐くない』、レナリア台地でばったばったと吸血コウモリを倒した武勇伝は記憶に新しいですね。さらにそのお隣はバルマウフラさん。バルマウフラさんといえばこれでしょう!」
 やたら自信たっぷりに読み上げるマメコウに一抹の不安を覚えた関係者──ディリータとオーランである──は顔を見合わせた。
「『男のヒステリーはみっともないわよ』、こちらを叫んでいただきます!」
「あら、いいわね」
「……ひどい」
 絶叫フレーズに傷ついたのか、それともあっさり肯定した同僚兼部下に傷ついたのか思わずディリータは「のの字」を書いた。どうもこのクイズ大会は自分に対して辛く当たっているような気がするのは気のせいかなどと考えているが、それはある意味正しい。
 しかし絶叫フレーズ紹介はさくさくと進むのであった。
「以下、ページに余裕がないので一気に行きます! ディリータ殿の絶叫フレーズは匿名希望のR様のリクエストにより『おまじないで治してやるよ!』 微笑ましすぎますッ。次、メリアドール殿は『それが愛なのかも』。クレティアン殿は『主席の座は俺のものだ!』 一体どちらに向いて叫ぶというのでしょうか! そして前列最後はヴォルマルフ殿。絶叫フレーズは『献血大至急!』です」
 どうやらマメコウ氏、あちこちの吟遊詩人から得た情報を混ぜ込んで絶叫フレーズを作成したらしい。
「私が血を欲しているのは献血という意味ではなくてだな……」
 ディリータと負けず劣らず肩を落としたヴォルマルフを公約どおり無視し、マメコウは後段六名の絶叫フレーズを発表した。
「まず、アグリアス殿は『私はお前を信じる!』 うふふ、青春ですね〜。そしてオヴェリア様はこちらを叫んでいただきましょう、『そうやってみんなを利用するのね!』」
「ぐはっ」
「あ、ディリータが倒れた」
 思わず地面に伏したディリータの背に、元幼馴染の淡々とした実況が浴びせられた。
「あ、今のは相当ダメージ大きかったようですね。まあでも続けます。オーラン殿には『死んでも断る!』 何も言わずこちらをどうぞ。続いて幸せいっぱいベイオウーフ殿のフレーズはキスミーテンダーフォローミー、叫んでいただきましょう、『愛しいレーゼ!』」
「喜んで」
 ほっぺたが落っこちそうなくらいとろけそうな笑顔でベイオウーフは頷く。その姿は、今や人魂を飛ばしているディリータとあまりに対照的である。
「ほいでもって、レーゼさんには『あなたに会いたかった』、最後にラムザ殿には……ラムザ殿は色々な名迷台詞をお持ちですが、今回はこちらで。『ムスタディオをやっつけろ♥』」
「げはっ」
「……傷を抉られたな、ムスタディオ」
 さすがに気の毒な表情でアグリアスが呟く。今や人魂を飛ばすのはこうしてふたりに増えたのであった。
 

 さて、そんなこんなで始められた大声クイズはというと。
「問題。土地に起因する吉凶禍福の理論を」
「「「俺ヒスモリでも座は愛なのレーゼお前献血死んでみんなを会いたやっつけろ!」」」
 ……などという大絶叫がゼイレキレに木霊し、スタッフが耳栓を装備しての激戦となった。
 中でも予想外の絶叫を披露したのは、何とオヴェリアだった。日頃の鬱屈がよほど溜まっていたのか、それとも叫びやすいフレーズだったのか、真っ先に勝ち抜けてレイをかけてもらったのにはその場にいた全員が動揺した。
「気持ち良いのね、思いきり叫ぶのって」
 そう言ってにっこり微笑んだオヴェリアにその後ディリータは相当優しかったそうである。恐いから。
 一方、この地に膝を屈したのは「ザル袋じゃない」という己の主張をあっさりかき消されてしまったザルバッグ・ベオルブ氏だった。このメンツの中では割と常識人であったところが敗因かもしれない。
「それではですね、ザルバッグ殿。罰ゲームと参りましょうか!」
 ♪じゃがじゃ〜んじゃがじゃ〜〜〜んと効果音もおどろおどろしく、しかし笑顔だけは嫌味なくらいさわやかなマメコウが手にロープを持って解答席にひとり座るザルバッグのもとにやってきた。既に勝者十二名は次の目的地へと旅立っている。
「……」
 ザルバッグは無言で恨めしげにマメコウを見上げる。そしてそのまま滝へと視線をスライドさせ……その先にあったものを見つけ、絶句した。
 ゼイレキレにかかるつり橋から今まさに誰かが飛び降りたのである。足にロープをつけたそれは、いわゆる「バンジー・ジャンプ」というものだ。
「見つけてしまいましたねえ。最近ここではあんなふうにして飛び降りるのが流行っているのだそうで」
「で」
「あとは皆まで言いますまい? 聡明にして勇敢なザルバッグ殿ならばこんなのはお茶の子さいさいでしょう?」
 にこり。いや、にやり。
 マメコウの笑顔に思わず、蒼白な顔をひきつらせてしまったザルバッグがその後どうなったか。
 それも読者諸氏のご想像にお任せするとしよう。