第1回畏国縦横無尽ウルトラクイズ

第2次予選・貿易都市ドーター

 イヴァリース最大の貿易都市ドーターは同時に、交通の要衝でもある。各地方へと伸びる街道は平時であればいずれも賑わい、港もやはり平時であれば多くの船でごった返す。
 今は戦時故、多少の憂いを帯びているが、それでも活気に満ち満ちている街なのであった。
 あれから数週間。
 旅装を整えた百名の参加者たちはドーターの某指定場所に集っていた。これからディープダンジョンまでの長い旅路が始まろうとしている。
「浮かれ気分の輩が多いな。貴族の出自も多いか……」
「豪奢な装備……私は貴族からそれを奪い返すために戦うわ」
 その片隅でフォルズ兄妹はひそやかに言葉を交わした。その瞳は暗く、声音は冷たかった。はっきりいってこの場にはまるでそぐわない。だが、彼らを許容してもなお成り立つのがこの大会であるのかもしれなかった。
 また別の場所では。
「○×ごときに敗れ去った兄達は頼りにならない……息子を王位に就けるためには私が!」
 クイズ大会の優勝が王位争奪戦と何の関係があるのか知らないが、妙に闘志を燃やしている者も、いた。
「入口を探すために、今一度この国を駆けるのも悪くない……」
「ここで勝利を収めれば、侯爵もきっとサダルファス家再興にお心を砕いてくださるに違いない」
「どこへ行こうっていうンだ、まったく?」
「この旅がすべての人々に……特に私に、ほんの少し優しいものでありますように……」
「早押しクイズの時に星天停止を唱えてみようかな」
「……唱えている間にボタンを押されるんじゃないのか?」
「財宝を探すにはもってこいだ」
「うおお、やーってやるぜー!」
 何を?という突っ込みを受け、ムスタディオはげんなりと皆を見渡した。しつこいようだが、おそらく彼が最もこの大会を楽しんでいる。
 だが、他の面々もけして冷めているというわけではないのであった。
「もうちょっとこう、盛り上がらないか? ラムザ、お前だって楽しみにしてたくせに」
「いや、そりゃ楽しみだよ。でも全部ムスタディオがかっさらってしまうし……緊張もしてるし」
 困ったようにラムザは笑った。そうして緊張をほぐすかのように肩をぐるぐる回してみせる。
「お前が浮かれすぎだ、ムスタディオ」
「えーひどいな、アグリアスさん。こういうのは楽しまなきゃ損だって俺は思うけど。戦いから離れて、こうのびのびと遊べる! 実にいい!」
「そうだな。ムスタディオの言葉に俺は賛成だ。大変かもしれんが、きっと良い思い出となる……そんな予感がするよ」
「お、ベイオウーフさんも同じ考えかー。嬉しいな」
「レーゼとこうして普通の旅をするのは初めてだからな」
「やっぱりそうきたか……ごちそうさまです」
 実に様々な人間模様が織り成される中、仮しつらえの舞台に旅装のマメコウが上がった。彼の背後にはいつのまに登場したのか、マシカを初めとした解説陣もいる。
「やあ、久しぶり。皆さん元気してましたかー?」
 人々の歓声を受け、マメコウは笑顔で呼びかけた。
「大会運営者も予想しなかった大盛況の内に終わった第一次予選。その過酷な戦いを潜り抜けた戦士達が今ここに集っている。共に旅ができることを私は心から光栄に思います。──ですが」
「何だ?」
 ふとマメコウの声色が変わった。その変化に参加者たちは居住まいを正す。あの○×クイズを勝ち抜いてきただけあって、いずれの選手もがこの手の変化には敏感であった。
 しかし、マメコウの口から次に出てきた言葉は、少なくとも参加者の誰もが予想だにしなかった言葉だった。
「皆さんは旅に出ることはできない!」
「!?」
 ガガーンと効果音を配したがごとくの戦慄が参加者全員に走る。白目になった輩も中にはいる。
「嘘だろう!?」
「嘘ではない、ムスタディオ君」
 思わず声を上げ、立ち上がってしまったムスタディオにマメコウは柔らかく言った。でも、と言いかけるムスタディオを制し、マメコウは淡々とも言える口調で説明を始める。
「既に戦いは始まっている! 知力、体力、時の運……ここでは、個々が持ち得る時の運のすべてを使って戦ってもらうッ!」
 ガガガガーンと衝撃が再び参加者を駆け抜ける。
 ウィーグラフが唾棄したように、クイズはあくまでおまけ程度で旅行を満喫するのだと考えている者達にとっては、この衝撃は計り知れないものがあった。とはいうものの、先刻真っ先に顔面蒼白になったムスタディオなどは落ち着きを取り戻していた。
「な、なんだ。脅かすなよ……てっきり全員ここで解散かと思ったじゃないか」
「で……どのようにして戦うんだ」
 腕組みをしたままぼそっと呟いたディリータに、そして参加者全員にマメコウは言い放った。
「一対一の真剣勝負! 三本勝負のジャンケンで勝負だッ!」
 

 驚愕が三度走ったのは言うまでもない。しかし泣けど叫べど事態が覆ることなどは当然なく、ジャンケン地獄が始まったのであった。
「次は、骸騎士団の若き苦労人! 暴走する部下に苦悩する姿がお似合い……もとい、痛ましい! 大義名分崩れる日も近いかウィーグラフさーん!」
「……」
「恐いもの知らずだな……」
 ひそひそと交わされる声に耳もくれず、マメコウは笑顔でウィーグラフをジャンケンステージへと昇らせた。こんなことで怖気づいては芸人など務まらないのだ。
「対するは、どこを間違ったかアウトロー! 揺れるあほ毛を方位磁石にして今日はどこへ行くのかラムザさーん!」
「……気の毒な」
「あんまりだ……」
 苦笑するオーランにがっくりと肩を落とす演技をし、ラムザもまたステージに上がる。そんなラムザへ、ステージに先に上がっていたウィーグラフは皮肉気な視線を送ってよこした。
「来たか……ラムザ」
 ウィーグラフの声色に、熱気こもるジャンケン会場はその気温を数度落とした。
 突然シリアスな雰囲気を作り出した張本人を、ラムザもまた見つめ返す。お祭り気分に和んでいたその瞳は、宿敵の挑発に悲しく揺れていた。
「……哀れだ」
「何だと?」
「あの、雰囲気作るのはいいんですが、後がつかえてますので……きゃあごめんなさい」
 対戦を前にして言い合いを始めた参加者にとっととジャンケンをやらせようとマメコウは声をかけたが、ウィーグラフに睨まれ、そのセリフは尻すぼみとなった。本当に哀れなのは彼かもしれない。
 静寂。そして、見えぬ火花。
「あなたは本当に哀れな人だ……。楽しむためのクイズに魂を売ってまで復讐を果たしたいとは……。ミルウーダが知ったら」
「とっくに知ってるわよ!」
 敗者席からミルウーダのツッコミが入る。
「……知ってるようだけど、えーと……とにかくそんな仇うちとか復讐のような真似事はよくない!」
 やけっぱちの極地でラムザは叫んだ。その強い口調に会場がしん、と全くの静寂に返る。
 その場を占める者達の息遣い。誰かがごくり、と唾を呑む音。
 ──どこか遠くでピコポンハンマーが勢い良く鳴った。
「よかろう」
 ウィーグラフはゆらりと笑った。
 そうして一騎討ちの火蓋は切って落とされた。最初のジャンケンをあいこ三回の後、ラムザが勝ち、その後ウィーグラフが二連勝。我らが主人公がこんなところで負けるのか!とスタッフが頭を抱えたその矢先、ラムザがなんと瀕死HP回復を発動。底力でもって逆転勝利を収めたのだった。
「ま、まさか」
 戦いが始まって僅か五分後。ウィーグラフはその場にがっくりと膝をついた。ラムザはそんな彼をただ見下ろしている。
「人としてすべきことを果たさずに、弱い心を克服せずに、皆が楽しむべきイベントに頼る……貴様は何なんだ?」
 ウィーグラフに負けず劣らずの芝居口調で語るラムザを、ムスタディオとクラウドとアグリアスは溜息をつきながら見上げた。
「おーいそろそろ正気に戻れ〜」
 
「ジャンケンポン! ザルバッグ殿の勝ちィッ!」
「ク……お前たちが邪魔さえしなければ……この戦いの勝利は私のもの……ひいてはイヴァリースはベオルブ家のものとなったのだぞ……」
「ジャンケンに負けた兄上にはその資格がないッ!」
 
「ジャンケン? いちばん強いのはどれなの?」
「いえ、ですからね、オヴェリア様。グーは『石』でして、石を包むことができるのはパー、すなわち『紙』です。でですね」
「これがチョキよ! さあ、さっさと私と勝負なさいッ」
「ルーヴェリア様……それはいなかチョキ……」
 
「ここで会ったが百年目ッ! 積年の恨み晴らしてくれるわッ」
「なんだ、やろうっていうのか? いいだろう、相手になるぜ!」
「うわああディリータ殿、アルガス殿、使っていいのは手だけですッ。剣や弓はジャンケンにはありませんっ」
 

 勝者はこうして次々に勝者が集まる部屋へと連れて行かれた。ジャンケンだから当たり前のことであるが、敗者と勝者の数は半々。敗者の多くはそのウラミを前述のピコポンハンマーでスタッフに晴らしている。
「ここらが潮時というものかな」
 ピコポンハンマーを振るわなかった唯一の例外、オルランドゥ伯は床にどっかりとあぐらを組むと、パイプをくゆらしながら満足そうに笑んだ。イベントとしては十分に楽しんだ。あとは若い者たちがこの荒唐無稽なお祭りを大いに盛り上げてくれるだろう。自分はそれを後から見聞きできればよい。
 無論、義理の息子とのジャンケンに負けたのが悔しくないといえば嘘になる。だが、オルランドゥの心を占めていたのは「楽しかった」という思いが圧倒的だった。
 もっとも、このように気持ちを切り替えることができたのはごく少数であったことは想像するにたやすい。
 残りの多くはウィーグラフをはじめ、「敗者復活!」を主張し、しかし「いつまでもあると思うな金と敗者復活!」とマメさんに言い切られてしまい、がっくりと肩を落として勝者の乗ったチョコボ車に「バカヤロー」と叫んだのだった。