ひとつひとつの祈りは、願いは、悔恨は、やるせない怒りは、嘆きは、集まると強大なうねりとなる。そのさまを、ディオンは目の当たりにしていた。
不要になった家財のうちから木材を取り出して組み合わせ、簡素な櫓とする。そのなかへ、鎮魂のために用意された様々なものが投げ込まれていた。
亡き者への祈りを記した手紙が最も多いだろう。そのほかには、腕がもげた人形。何かの店のひしゃげた看板。装身具。木札。……灯すにはもう小さすぎる蝋燭のかけら。
ボクラドから旧クリスタル自治領への関所が開く、と聞いたのは昨日のことだった。ボクラドを離れようとしていたディオン達のもとへやって来たエルイーズが教えてくれた。時折――三月に一度くらいの間隔で、普段は閉ざされている関所が開くのだと。
何故、とディオンが訊く前にエルイーズは告げた。「慰霊のために」と言う彼女に、そうか、とだけディオンは答えた。
関所が開くといっても、自治領そのものへ足を運べるわけではない。郊外も含めて、自治領は完全に姿を消した。オリジンという形になって空に昇り、後に砕かれた。故に、関所を越えたとしても辿り着けるのは「大穴」が遠くに臨める場所まで、ということになるのだった。
持ち出しそびれた財産を取り戻したい、という者は多くいたらしい。だが、そういった輩が関所越えを果たしたとしても、突き付けられる事実に愕然とするだけ。なかには卒倒する者も出、次第に野盗も含め、金品の持ち出しを図る者はごく少数になったという。
今では、自治領で失われた命を慰めるための儀式として関所が開かれるのだ、とエルイーズは言った。
櫓を組んでいた男が、櫓に向かって一礼をした。そうして、傍らに立っていた女に合図を送ると、彼女は櫓へと近付いた。袋に入っていた木屑を櫓の下に撒き、火打石を用いて火をつける。硬質な音が数度小さく聞こえた後、火花が転じて火となり、木屑を燃やし始めた。それを確認した女は、男と同様に一礼をしてその場を離れた。
次第に火は勢いを増し、木組みの櫓を包み込む。パチパチ、と跳ねる音が響き、後は無音の世界だった。その場に集った者の声は聞こえなかった。誰もが無言で、炎に包まれた櫓を見つめていた。
かつて、とディオンは思う。キエルに助けられた後、川を流れていく無数の灯籠を見た。ひとつひとつに火が灯されたそれは、失われた魂そのものだった。あのとき、灯籠は何処へ、何処まで行ったのだろう。幽世へは辿り着いたのだろうか。途中で火が消えてしまっていたものもあった。その灯籠――魂も、穏やかな場所へ辿り着けただろうか。
答は、否だった。すべての魂は救われない。殆どの命が何の罪も持ち合わせていなかった。突然、光を失った魂達はどうすることもできずに闇への旅路を強いられた。そうさせたのは紛れもなく己だ。彼らの命を奪った。光で薙ぎ払った。
赦されざる罪。それは、未来永劫にわたって己が背負う真実。
目を背けてはならない。
今、目の前で燃えている櫓は、灯籠流しの代わりなのだとエルイーズが言っていた。オリジン浮上の際にすべてが消えた。あの川さえもそうだった。そして、今ではすっかり蝋燭が貴重品になってしまっていて、灯籠を流す余裕さえもないのだということだった。
無数の小さな灯火を思い出す。唯一の大きな炎を見つめる。どちらも、心に刻む。
――けして、忘れない。