「あった!」
宝物を探し当てたように弾んだ声に、ディオンは振り返った。クロゼットを閉じて声の主へと向かう。テランスは、古いチェストの引き出しから何かを取り出すところだった。
此処は、テランスの両親が暮らしている邸だ。所用があるから帰省したい、ディオンもどう?と誘われて一緒に来てしまったのだが、その「所用」とやらは両親に会うためなどではなく、私物を探すためのようだった。何故誘われたのかは謎だが、今も健在であるテランスの家族に会えたことは嬉しくもあったし、こそばゆくもあった。
世界の終わりと始まりを経て、己の為すべきことを定めたディオンに、当たり前の風情で――実際は相当な葛藤があったと思っているが――テランスは「傍にいる」と言った。はじめは此方の顔色を窺うように、最近では若干図々しいとも思えるほどに。……このようなことは彼にはけして言わない。言えば、さらに調子に乗りそうな気がする。
――それはそれで、よいのだが。
「……何を探していたのだ?」
これ、と言うテランスが手にしているのは、文箱だった。何が入っているのかとディオンが思う間もなく、彼は近くの机に箱を置いて開けた。
中には、カードと思しき紙類が多く入っていた。それらに綴られた筆跡には見覚えがあるような気がして、ディオンは仰向いた。そんなディオンを見て、テランスが吐息で笑う。
「……マザークリスタルが消える前、予感めいたものがあって実家に預けていたんです」
口調を少し変えてテランスが告白し始めたので、ディオンは視線を彼に向けた。再度微笑み、テランスが続ける。
「ディオンが折に触れて僕に贈ってくれた、沢山のカード。――そして」
カードを丁寧に机に置いていき、テランスは最後に何枚かの封筒を取り出した。見れば、封筒に施した封蝋の印がずれている。その既視感に、ディオンは軽い目眩を覚えた。
「ディオンからの恋文。久々に読み返したいと思ったんです」
「……私は、何かお前を怒らせることをしたか?」
「いえ?」
不思議そうな表情でテランスは返してきたが、ディオンの妙な様子を見て吹き出した。そのさまに、ディオンは彼を思わず睨む。
「……ああ、でも」
ひとしきり笑った後に、テランスが呟いた。ゆるりと弧を描いたまなざしでディオンを見つめる。
「打ちひしがれてしまうことが、これからもあるかもしれない。……そんなときに励まされるような、心のよすがにしたいと思って」
あのときの辛さ、悔しさ、怒り、不安、絶望、希み、喜び、愛。それらをひとつの鍋に入れて混ぜ込んだ感情。――今も覚えている。忘れない。
けれども、未来は分からない。
語るテランスを、ディオンはただ見つめ返した。彼の心情が己の心にも沁みていく。
そうだな、とディオンは返した。
「お前からもらった手紙やカードは、何処かにいってしまったから……惜しいことをした」
クリスタル自治領への侵攻と遷都の折に、ディオンはそこまで気が回らなかった。帰る場所を――故郷を――失うなんて思いもしなかった。
本当に帰る場所は、今も目の前に在るけれども。
「だったら」
俯いてしまったディオンの顔を上げ、肩に手を置いてテランスが言う。――いつかもこのようなことがあった。あのときは、笑顔ではなく泣き顔だったが。
「これから毎日恋文を書くよ。書きたいことは山ほどあるから」
「止せ、紙が勿体ない」
テランスの口説き文句を流し、ディオンは彼に体を預けた。心得たとばかりに、テランスがディオンを緩く抱きしめる。
「心で伝えてくれれば、それで私は充分に幸せだ。あのときも、今も、……この先も」
「……そうだね」
テランスの首肯に、ディオンも頷いた。そのまま額を彼の肩に擦りつけ、そうして囁く。なかなか言えないでいる、言葉を。
「テランス、愛している。――我が最愛」
数拍を置いてディオンは顔を上げた。テランスがぽかんと呆けた顔で此方を見ている。朱に染まった表情が本当に愛しくて、ディオンは少し背伸びをして彼に口づけた。
「……僕も。ずっと君だけだ」
薬指にはめた指輪へ唇を落としたテランスに続いて、ディオンも彼の指輪に唇を寄せた。何度も繰り返される誓いの儀式。
再び口づけて、見つめ合って。
そうして、これからもそうであるようにと願いながら、笑いあった。
<終>
あとがき
何も事件は解決しなかったー!という話になりました。どちらかというと、みんなだいすきディオンさまとか、若い二人の落ち着いていない感情とかを書きたくて作った本です。できれば(本件の黒幕なのは勿論な)アナベラ様がもっと黒々しくあってほしかったのですが…。
この後にベレヌス戦役となります。事件どころではない状況になっていくわけですが、その前の(世の中が少し平和ボケしているふしのある)話を書きたいなーというのもそういえば理由のひとつです。ベレヌス後の「敗北した」ザンブレクにおけるディオンの風当たりについてはいつか書きたい…。空白の五年が気になります。2025/12/16発売のLOGOSを読むのがある意味こわいです。
遅くなりましたが、本作は2024年12月のテラディオオンリーにて発行した本のWeb再掲です。当時ご購入いただいた方々に心からの感謝を。ありがとうございました!
2024.12.01 / 2025.12.06