1. PROLOGUE
気がつくと、彼女は暗闇の中にいた。
母の名を呼んでも、父の名を呼んでも、兄や姉の名を呼んでも彼女の声に応える者はなく、暗闇はどこまでも無音だった。
「…… 」
何か只ならぬことが起きたのだ、ということだけが分かり、呆然としながら彼女は立ち上がった。
そうしておそらく埃まみれになっただろう服を払おうとしたとき、異変に気付いた。
──自分はこんな服を着ていただろうか──
触り心地のいい布地のスカート。
スカートと触れた袖口のレースフリル。
いつ着替えたのだろう、どういうことだろうと不審に思いながら彼女は自分の体をあちこち動かし、見えぬ暗闇で眺めまわった。
そうして。
「── 」
思いきり腕を伸ばそうとしたとき、くい、と何かに引っ張られた。
見れば、手首には銀の糸。
そしてよく見れば、いつのまにか自分は銀の短剣を握っていた。
これは何だろう。どういうことだろう。
彼女の疑問に答える者はいなかった。
いなかったが、彼女は納得した。了承した。
そうして薄れてゆくのは、今までの記憶。
父も母も兄や姉も次第に彼女の心から泡のように消えていく。
そうして心を占めるのは、いくつかの感情。
己を制御する糸に振り回されながら歩くことにも疲れた頃、暗闇に淡く光る短剣に、人形となった少女は小さく呟いた。
サミシイ。
呼応するように扉は開かれた。
呼応するように壁際の蝋燭灯が初めて灯った。
そのあまりの眩しさにガラスの瞳を細め、彼女は扉の先を見る。
扉の先、佇むのは、自分と同じくらいの年頃の子供。
ここに来てから初めて見る、ほんもののいきもの。
子供はじっと自分を見ると、やがてとことこと歩み寄る。
少し、変な歩き方で。
そうして子供は何も言えぬ自分の、その手を優しく取った。
自分と同じ、にせものの手で。