3. AUBE
冬というより、それは春の夜明けだった。
南東の方角から昇った太陽は崩れた街を虹色に照らし、そして空へと収まった。その一部始終を彼女は幼子とともに眺めていた。
待人は、来ない。
来るはずもないのだ。あの街と外とを繋ぐ唯一の通路は先程崩落した。そして、自分達以外にこの通路を抜け出した者の形跡はない。
自分と、幼子と。塵となり、空に消えた男のほかは。
彼女は──キャロ・メルローズは細く溜息をつくと、しがみついて泣いている幼子をそっと引き離し、その場にしゃがみこんだ。涙でぐしゃぐしゃになった幼子の顔をそっと撫ぜ、抱きしめる。
「あともう少し、待っていましょう?」
抱きしめ、キャロは呟いた。呟いた自分の声が思いのほか掠れていて、彼女は苦く笑った。
──二十四時間経って戻らなかったら本部に連絡を。
まだ、その時間には至っていない。そう、まだ。
ほんの一日前のことが、遥か昔のことのように思える。様々なことが目の前で起き、様々な思いが自分をも取り囲んだ。
一日にも満たない時間と、ひとつの街の中に濃縮された、出来事。それがまだ続いているのか、それとも終わってしまったのか、それを今判断する術はキャロにはなかった。
やがて疲れて眠り込んでしまった幼子を抱き上げ、キャロは一本の木の下に移動した。街と崩落した入り口を見つめ、戻らない筈の彼が現れるのを待った。
願いを込め、彼女は待った。
現れない彼らが現れるのを、待った。
「──待っていた、エージェント・メルローズ」
夜更。
ひどく薄暗い部屋の一室で彼女を出迎えた男は、上目遣いに素気ない出迎えの言葉を投げた。
キャロもまたそれに応じ、室の中央へ進み出る。室には、男と女がそれぞれの位置に座り、彼女を見据えていた。
「エージェント・ライオットからの連絡はまだない。……だが、法王庁の筋からレアモンデは完全に崩壊したとの報を得ている」
「その理由についてと、公爵の子息が保護された経緯を」
紫煙の向こうで女が男の言葉を補う。長煙草を灰入れに落とす音が室に鈍く響いた。
「はい」
キャロは頷いた。彼らの思惑をそっと読み、己の心を閉ざした。
ここからが、自分にとっての始まり。あの街に足を踏み入れ、ひとつの終わりを見た者の始まり。
──現れなかった彼にもう一度会い、全てを知るための始まり。
そのために。
「私が知っているかぎりのことを、お話しします」
用意した言葉を、彼女は述べた。