The Way To The Truth And The Fact

4

 気がつけば、夕闇がうっすらと迫っていた。
 昼間には暖かった風も、既に冷たい。教会の裏口にしばらく佇んでいたメリアドールだったが、ふと気付いた宵風に促されるようにその身を翻した。
 バルマウフラとデュライは、つい先ほど教会を後にした。裏口から退散することを勧めたのはメリアドールで、「よからぬこと」を抱えているらしい二人はその勧めに即座に乗った。
 帰路につく間際、メリアドールに声をかけたのはデュライだった。
『では、次はミュロンドで』
 どこか吹っ切れた表情でデュライは言い、礼をとったバルマウフラを促した。そんな彼にメリアドールは笑って頷き、気をつけていらっしゃい、と返したのだった。
 そう、次は。
 先ほど交わしたやり取りを思い出す。「すべてを教えてください」などと言い出したバルマウフラの真意を。そうして、それを言わしめたデュライの思惑を。
 何を? 彼女の言葉に、そう空惚けることもできたかもしれない。メリアドールは思ったが、すぐにその考えを打ち消した。バルマウフラのまなざしは、すべてを見透かすものだった。とてもではないが、逃げ切れるものではなかった。
 それだから、あのとき出てきたのは諦めにも似た溜息で。肩を竦めて、「いいわよ」と答えた。
 何を、聞きたいのか。誰が、知りたいのか。
 それは。
 何を。それは、バルマウフラが平然と口に出した「あの男」のことだろう。メリアドール自身のことではない。……いや、少しは含まれているのかもしれないが、ついでのようなものだとメリアドールは思う。
 終焉を迎えた戦が抱えた幾多の謎。それらはあまりにも巧妙に散りばめられていて、大多数の者は気付かなかった。踊らされていると気付くわけもなかった。──気付いたのは、否、巻き込まれるような形ですべてを知ることになったのは、ひとりの青年。ラムザ・ベオルブ。そして、青年と共に歩み、戦った仲間達。
 自分もそのひとりだったが、共にした時間はそう長くはない。まやかしの世界から抜け出して真実のかけらに触れたときには、彼は多くの真実を既に手に入れていた。彼が好むと好まざるとにかかわらずにすべてが彼を目指しているようなさまを、自分は戦が終わる間際に眺めていただけ。納得のいかない真実を見せつけられただけで。
 結局は、それだけだ。
 なのに──。
 それを知りたい、バルマウフラはそう言ったのだった。傍らに立つデュライを見上げて、彼女は言った。
 知りたい、そう希求しているのはバルマウフラではなくデュライなのだとメリアドールはすぐに悟った。突然の言葉に驚いたらしいデュライを見据えたバルマウフラのまなざしは、如実にそれを語っていた。
『何故?』
 故に、メリアドールはデュライに訊ねた。
 デュライは自らの考えをまとめるように目を伏せたが、やがて意を決したのか、メリアドールに向き直った。
『……真実を知りたい、そう思った。僕は手に入れられなかったからね』
 戦のさなか、自軍が有利になるように有象無象の情報を抱えていたはずの男はそう言うと、どこか哀しげに笑った。
『そう。手に入れてどうするのかしら?』
『どうもしないさ。知りたい、手に入れたいというのは駄目なことかな?』
 メリアドールの重ねた問いにデュライは問いで返し、続けた。
『心の──、体の奥底から沸く知識欲が僕にそうさせている。それだけのことで、別に何かを為そうなんて思っちゃいない』
 君や、教会に仇なすなんてことはないね。
 デュライは軽い口調に変えてそう言ったが、眼光は鋭かった。きっと、彼のなかでは「真実」とやらは既に形となりつつあるのだろう。誰が、何をして、そうなったのか。知りたいというより、確かめたいのだ。メリアドールは男のまなざしを受けて思った。
 ──この男は、何かしでかすに違いない。
 メリアドールは直感した。今日の自分は冴えているから、この直感もいつかきっと当たる。そう思った。
 おそらく、それは自分には不都合なことだろう。彼が実際に何をするかは分からないが、下手をすれば自分も揺らいでしまう。それは、非常に危ういといえた。
 だが、ふと思う。そうだとしても、どうというのか。
 教会を。国を。世界を。もしかすると、何かが変わるかもしれないのだ。中途半端にすべてを終えた「今」という時間に決着がつくかもしれない。
 そうした末に、自分の心にも何かが落ちるのかもしれない。未だに隠している苦しさを、願いを、放てるのかもしれない。
 もし、そうなるのならば。
『いいわよ』
 言いようのない溜息をつき、ゆっくりとメリアドールは頷いた──。

 長かった一日が、終わる。
 すべてが再び動き出した一日が。

 静まり返った回廊。
 闇に沈んだマグノリア。
 未だざわめく心に、静寂の炎を灯して。

 いつか来る未来を、そうして信じ始めた。

<終>

あとがき

とある事件に巻き込まれてしまったメリアドールさんでした。事件、なのかしら。審問官が娘(バルマウフラ)さんを拐ってきたのが事件なのか、その後のオーラン&バルマウフラの痴話喧嘩が事件なのか…。どちらともなのか。ひとまず、一件落着したようなのでよかったと思います。落着してるかどうか、やっぱり疑問ではありますが…。

本文のなかに入れられなかったエピソードも少しあるので(バルマウフラさん@ミュロンドとか、ラムザやディリータのこととか)、そういった諸々はまたの機会にできればと思います。

2022.01.30