GOOD FELLOWSHIP

 次の日。
 すり抜けの札も使えない、瞬きの手鏡をかざす場所もない、まったくもって面倒くさいバナーの森を「Wリーダー攻撃」とやらでさくさくと抜けた一行は、バナーの村から川に出ると、早速瞬きの手鏡を使った。
「そうか、今は君達が持っているんだね」
 ヒューイが手鏡を取り出したのを見て、リューイは微かに笑みを浮かべた。
 瞬時に本拠地・ウィンダミア城に戻る。
 だから、最初に気付いたのがビッキーなのは当然だった。
「あれ? あれれ? もしかしなくてもリューイさん?」
「久しぶりだね、ビッキー」
 少しだけ言いよどんで後は微笑を浮かべてリューイはビッキーに挨拶した。少しよそよそしい感じがするのは、やはり前の仲間に会うのが辛いからかとヒューイは思ったがどうもそうではないらしい。
「単にリューイはビッキーのテンポについていけないだけさ」
 すたすたと先に歩いていってしまうルックを全員が追いかけるように歩き始めた。ビッキーはまだ呑気に手など振っている。
「随分大きな城だね……とても賑やかだ」
 あたりを見渡してリューイが呟いた。僕らの頃は湖に浮かぶ、孤立した城だったからなぁと独り言のように続ける。おかげで石板に書かれてある名前を見られずに済んだ。
「リューイさんのお城ってどんなのだった?」
 ナナミが興味ありげに聞き、リューイはくす、と笑った。
「僕が城にしようとした時、あそこはお化け屋敷って言われてた」
「え!」
 エレベーターに乗り込む。階段を使ってもいいのだが、エレベーターの方が使い勝手はいいのだ。
 あっという間に大広間の前まで来てしまった。
「ああ、そういえば何か重要な……」
 そのまま入ろうとした一行を引き止めるように、リューイがその場で足を止めた。
「和議のためのうちあわせがあるんだろう? ここで待ってる」
「あ。ええ……まぁ」
 すっかり失念していたヒューイはどうしよう、と瞳をうろうろと彷徨わせた。ある意味共犯のルックを見たが知らないよ、という顔をしている。
 ナナミはきょとんとしているし、カミューは大体事情が分かってきたらしく苦笑をこらえているような感じだ。カスミに至っては……まだ機嫌が悪い。
「……では、お呼びしましょうか?」
 どうしようどうしよう、とうろうろしているリーダーにカミューが助け船を出した。それに頷きかけて、しかしすぐさまヒューイはぶんぶんと首を振った。
「いや、いい。僕がやる……皆も大広間に入って。リューイさん、絶対そこを動かないでね!」
 こんな面白いこと……いやいや、重要なことは自分の手で成し遂げたい。
「う、うん」
 前解放軍リーダーが慌てて頷くのを見届けてからヒューイは大広間へと入っていった。

 懐かしい空気だ……。城を見回してリューイは思った。
 遠くから聞こえてくるのは子供の笑い声。暖かく優しい空気が静かに流れている。
 エレベーターの横に置いてあるのは目安箱らしい。考えたものだ。
 ──あの頃も辛い思い出ばかりじゃなかった。
 今のヒューイと同じように自分を支えてくれていた仲間のおかげで、城の雰囲気は殺伐としたものではなかった……と彼は思い起こしていた。
 だけど、それはやっぱり大切な仲間が最後まで。一緒にいればこそ。
 自分のように手の内から滑り落ちてしまったら、それは痛みを伴うものにしかならない。大義で納得させようと思ってもなかなか適わないことで。
 リューイは顔を曇らせた。自分と似たような境遇に置かれてしまったあの少年もそうなる日が来るのかもしれない。
 その時、彼は自分が置かれた立場を恨みはしないだろうか?
「おう、ヒューイ。遅かったな。三日もどこ行ってたんだ?」
 自分にもこんな風に話しかけてくれた人がいた。バンダナごと頭をくしゃくしゃに撫でて、辛気臭い顔をするなよ、と笑った。
「おまえなんか一週間もふらっといなくなるくせに。人のこと言えるか」
 どこかで聞いた声が最初に喋った男を軽く制した。きっとヒューイに近しい仲間なのだろう……打ち解けた話し方で分かる。
 ──どこかで聞いた声?
「?」
 リューイは急に心がざわつき始めるのを覚えた。何かが自分をさらっていきそうな、嵐の前触れのようなそんな感覚。
 振り返って大広間の方を見る。途中の廊下が暗くて、あまり中がよく見えない。
 足は自然に広間へと向いていた。
 旅の封印球のところで中を窺った。数人が中にいて何事か話し合っている。メガネをかけた女性は多分アップル。随分と大人びたものだと思った。そして。
「嘘……」
 突然息を吸い込んで、喉がひゅっと鳴った。あまりに見覚えがある姿に夢かと思ってしまう。
 袖なしの上着。ぼさぼさの黒髪。あの黒い大刀。
 青のマントにバンダナ。不思議な色に反射する髪。細身の剣。
 ふたりの側にいたヒューイがこちらを見てくす、と笑った。どうやらこれを狙って自分を招いたらしい。それを見てリューイも一瞬だけ苦笑した。
 しかし、そんなことはどうでもよくて。リューイは震える足を励ましてもう一歩、歩を進めた。
 ──死んでしまったのかと思っていた。
 頭の中を三年前の光景が走る。大丈夫だから先に行けと言って剣を構えたふたりの姿。半ばグレミオに引きずられるようにその場を離れた自分。
 待っても待っても戻ってこなくて。心の中でふたりを嘘吐きとののしった。
 もうすっかり諦めてしまっていた。自分が魂を奪ったのだと我が身を呪っていた。
 ヒューイが、自分の方を軽く指差してふたりに振り向くように促す。それで大広間にいた全員がリューイを見つけることになる。
 根性なしの足はもう立っているだけで精一杯だった。
 ──生きていてくれたんだ──
 自分を見たふたりの顔もまた驚きの表情を浮かべていた。目を際限まで見開いてじっと自分を見つめている。あの時より年を重ねて、幾分落ち着いた風貌で。
「もしかしなくても……リューイか?」
 青ずくめなのは相変わらずなフリックにそう問われ、リューイは思わずこくりと頷いた。傍らにいたビクトールが長髪の男に何事か呟くと、こちらに歩み寄ってきた。少し遅れてフリックも駆け寄った。
 ──ああ、あの日と同じかもしれない。
「元気だったか?」
 ふたり揃って同じことを聞いたが、リューイは答えなかった。何を言われたのか聞き取ることが出来なかった。
「ビク……トール?」
「他の誰に見えるってんだ?」
 くしゃと顔を綻ばせて笑顔になった男は、前と同じように少年の頭を撫でた。勢いあまって倒れかけた体を支えたのは青いマントの。
「フリック……?」
「どうした、ぼんやりとして」
 見上げればその瞳の色は変わらない、青。
「おいおい、俺達の顔忘れちまったのか?」
 忘れるわけがない。忘れることなんて出来るわけがない。
 言葉を紡ぐことが出来なくてリューイはただ首を振った。そうして、もう一度ふたりを見上げて。こみ上げてくる何かを堪えることが出来なくてリューイはふたりにしがみついた。
「生きてたんだ……」
 小さく呟かれた科白にビクトールとフリックは顔を見合わせて、苦笑した。震え始める肩を宥めるように何度も叩く。
 その所作があまりにも優しくて。心の何処かが音を立てた。
「生きて……っ」
 泣くつもりなどなかった。なのに、気が付いたら涙はあとからあとから溢れ出た。
 さらわれたかと思った命。さらってしまったと信じ込んでいた魂。
 あんな思いはしなくてよかったのだ。彼らは生きていた。
 言葉に出来なくて。嬉しいのでもなく、悲しいのでもなく、ただ心の赴くままに。
 感情は心の中で渦を巻き、急速に涙という形を成した。
「リューイ。大丈夫だから。生きてるから」
 頭上からフリックの声が降って来てぽんぽん、と頭を撫でられる。ごめんな、と呟かれてビクトールの太い腕に抱きしめられた。
 その行動に、ずっと自責の念に囚われていただろう少年はついに声を上げて泣き始めた。
 ──ごめん、今だけは。このふたりを僕に貸して。
 そんなことを涙声で誰に伝えるでもなく、呟きながら。


 そうして。
 四半刻ほど泣き喚いてリューイはやっと治まった。もう一度ビクトールに肩を叩かれ顔を上げると、ぐいとその顔を何かで拭われる。ちらりとその視界の端に青が映った。
「それ、フリックの。マント」
「あ? ああ、いいのいいの」
 ビクトールは前と変わらない気楽な調子で言った。あてにならない、とフリックを見やると少しだけ困ったような表情で笑いながら頷いた。
「生きてたのに。どうして帰って」
 深呼吸して平静を装おうとするがかえってしゃくりあげるだけになる。大分冷静になってきた頭で、なんとも情けないなと思う。
 大体言っていることと自分自身がとった行動が矛盾している。
「それは、だな」
 ビクトールが言いよどむ。多分同じやり取りが数度あったのだろう、フリックはビクトールのことを軽く睨みつけていた。
「……死んだと思って」
 あまりにもほっとしすぎて、リューイの声が震えた。途端に無性に悔しくなった。
「ん?」
「ソウルイーターに食われたと思ったじゃないかーっ!」
 頬を張る音が二発、ウィンダミア城の大広間に響き渡った。