「クライヴ様」
聞き慣れたような、そうでもないような、いや、やはり聞き慣れてしまったか?と思われる声を背にかけられたクライヴは、昇降機に乗りかけていた足を止めた。
振り返ると、声の主は階段から下りてきたテランスだった。バハムート、もとい「何者でもなくなった」ディオン・ルサージュの恋人にして幼馴染にして補佐役(その他諸々の過去の肩書きはディオンが何故か顔をしかめるのらしい。余談だが)でもある男なのだが、此方に声をかけてくるのは珍しい。接点があるようでないからなのか、特にこれといった用もこれまで互いになかったからか。
クライヴから見れば――というより今までの状況や周囲からの噂話、さらにはディオン自身から聞いた話で認識しているのは、「互いに最愛と公言している砂吐きカップルの片割れ」ということと、「やたらに強い」ということと、「上に立つに相応しい人格の持ち主だが、ハヴェル卿の引き抜きの話を蹴った」ということと、「ディオンについて、彼と相対するときは要注意」ということ等々……、要するに「ディオン・ルサージュがすべて」というのが彼に対する総評である。
ちなみに、ディオンはなかなか外には出し難いことも言っていた。エール一杯でまさかとは思うが、素面でも今の彼は自らの恋人についてしみじみ嬉しそうに、しかも延々と語るふしがある。話す相手は流石に選んでいるらしく、クライヴは何故かその相手役になることが多い。話の内容にげっそりすることも多々あるが、参考になりそうなエピソードもあった。とはいえ、多方面に影響が出そうなので口外はしないことにしている。
……長くなったが、そう考えると、彼が自分に声をかけてきたのはやはり「ディオン絡み」なのだろう。しかし、いったい何用なのだろうか。
そもそも、彼が此処にいるということは、ディオンも勿論隠れ家に来ているということになる。把握しきれていないが、叔父達がディオンに様々な「相談事」や「影の依頼」をこっそりとすることは多々ある、らしい。というか、押し付けていることが多い。概ね引き受けてしまうディオンもディオンなのだが――、とクライヴはそこまで考えて、我に返った。ディオンのことはひとまずどうでもよい。
「何だ? ああ、ディオンも来ているのか?」
クライヴが問いかけると、眉間に僅かに皺を寄せ、背筋を正したテランスが口を開いた。
「……クライヴ様、私からの「依頼」を受けていただけますか」
生真面目というよりは仮面をつけたような表情でそう告げたテランスを前にして、クライヴの頭の中で「ジャーン」というクエスト音が鳴り響いた。
「俺のことは呼び捨てで構わない、テランス卿」
「そうは参りません。私のほうこそ呼び捨てでお願いいたします。ただ……」
言い淀んだテランスの言葉の先がクライヴには読めなかった。例えば、これがジョシュアだったら分かるものなのだろうか。今は口角を上げているから笑っているようにも見えるが、その実は僅かに苛立っているような表情をテランスはしていた。……何かしたのだろうか? 分からない。
クライヴが抱いた疑問符と同時に疑問そのものも伝わったのか、テランスが意識を切り替えるようにかぶりを振る。「それは後にして」と呟いたようだったが、ますます分からない。
「どうかお気になさらず。それで……よろしいでしょうか?」
「あ、ああ」
何がどうしてどうなっているのかはどこまでもよく分からないが、今まで受けてきた多くの「依頼」と同じようにクライヴは頷いた。「これだからまったく兄さんはホイホイ安請け合いして」とジョシュアが溜息をつく姿が脳裏をよぎったが、こればかりは仕方がない。元来の性格なのだろうし、後天的に――シドの名を継いだ時から――備わってしまった癖みたいなものだ。
クライヴの頷きにテランスの表情が一瞬緩む。しかし、すぐさま彼は例の真面目な顔で告げた。
「では、私と共にラウンジへ」
「は? はあ……」
着いてきてください、と半ば命令のような具合で言って階段を上り始めたテランスの後を、クライヴは追った。
階段を上りながら昼下がりの大広間を垣間見てみると、人の気配は疎らだった。最近は「外」に出ている者もそれなりに多い。少しずつではあるが、隠れ家から離れる者も出始めている。各地に出来始めている居場所に自らの住処を自発的に求めた者や、現況の苦難に活かせそうな知見を得たいと「人」に呼ばれた者……事情は様々だが、それぞれの道行きが明るいものであってほしいとクライヴは願っていた。もしも望みが叶わなかった、そのような時にはこの地に戻ってくれば良い。隠れ家が完全に不要になるには多くの時間を要するだろう。あるいは、目的や存在意義を少しずつ変えながら残っていくのかもしれない。それもまた「あり」だとクライヴは思っていた。
今日は晴れているから良い、陽射しが程よく入り込んでいる。穏やかな気候は、それだけで心を多少なりとも軽くするものだ。日向を探して陣取っているトルガルのように、陽だまりでうたた寝するのも魅力的だった。例えばジルと――、そんなふうに思ったクライヴだったが、先導していたテランスが唐突に歩を止めたので、前のめりになってしまった。
「テランス?」
慣れないが、仕方なく呼び捨てで彼の名をクライヴが呼ぶと、彼は大広間には入らず、中を窺うように横に身を逸らした。その場所はちょうどディオンが決戦前に時を消していた場だったが、おそらくテランスは知らないだろう。
手指で招かれ、クライヴも身を隠す。いったい何があるのだろうかと思いながらも念のために気配も出来うる限り消してみると、テランスが「よくできました」とばかりにこくりと頷いた。
そうして二人は大広間を覗き込んだ。
つい今しがた垣間見たように、大広間はがらんとしている。この時間帯、子供達はアトリウムに集まっているだろうし、爪弾く弦の音もない。オーケストリオンも沈黙していて、夕餉の支度をするにも少し早いのかモリーやメイヴの姿も見当たらなかった。さらにその隣のカローンは久々にバイヤーとしての旅に出ている。店番のグツは帳面をつけているのだと思うが、カローンに叩き込まれたのたろう、彼は何気に読み書き計算に長けている。鋼を打つ音も聞こえない。
程よい静寂で聞こえて来るのは、男女の話し声だった。テランスの視線を追って中を窺うまでもなく、その声には聞き覚えがありすぎた。特に、いつもよりだいぶ軽やかな声色の女性――ジルの声には。
他方、彼女の話し相手の声にも聞き覚えがあった。クライヴはそっとテランスの様子を窺う。テランスは此方を見やったが、すぐに視線を自らの恋人へと移した。
要するに、昼下がりのラウンジで話しているのはジルとディオンというわけだった。話の内容までは聞き取れないが、時々笑い声も聞こえて何やら楽しそうな雰囲気である。珍しい組み合わせだと思ったが、いったい何の話題で盛り上がっているのだろうか。そして、そのきっかけは?
若干のもやつきを感じて、クライヴは溜息をついた。そうしてふと背後を振り返ると、テランスは不機嫌そうな顔を見せていた。はっきりくっきり悋気を起こしている彼に苦笑したクライヴは、「それでどうする?」と訊ねた。
確かに、自分もあの光景はいただけないと少し思う。不思議なことに、彼女が他の人間と話をしていてももやつきは特段感じない。ジョシュアは勿論だし、例えば、ガブとか、オットーとか、ブラックソーンとか、グツとか、あとは誰だ、とりあえず「仲間」の人間に嫉妬などはしない。
しかし、ルサージュ卿――ディオン相手となると、なんとなく話が変わってくるような気がする。なんというか、何かが違う。ジルやディオンの心の方向を疑うわけでは決してない。そう、ないのだ。
ないのだが。
「ジル殿は不思議なお方なのです」
声を潜めてテランスが言う。
「前提として、ディオン……様は女性が苦手というわけではありません。接する機会が多くはなかったことと、接することになった相手が極悪……失礼しました。しかし、彼の心に深い傷を負わせたひとりであることは事実です。ディオン様が今どう思っておられるかはさておき、私個人の感情としては許し難い」
「……それは」
自分の実母のことを指しているのは、クライヴにも流石に分かった。ディオンの意識をバハムートの力ごと取り込んでしまった時に見た光景。自らを至高の存在と信じ込み、すべてを手に入れんとした彼女は「人」だった。アルテマに魅入られたのではなく、人としての自我を誇示した。……結果的には彼女のその自我も食い物にされてしまったのだが、最期まで彼女は自らの意思で動いた。誰の手にかけられるでもなく、終わった。怒りともまた違う、やり場のない虚しさを自分と弟に押し付けて、この世を去った。
だが、とクライヴは思う。ディオンはこの件に関してはほぼ完全な被害者だ。彼が意識していたのは自身の父親だったようだが、彼の父親――シルヴェストルは彼女と共にディオンを徹底的に貶め、道具として利用し、蔑んだ。彼の意識を浚ってしまった自分が吐き気を覚えるほどに。
ディオン本人は自分に何も語らない。しかし、彼を最も大切に想っているテランスは、おそらく自分に対して腹に何かどす黒い感情を抱えているだろうと思っていた。故に、ようやく切り出されたかとさえクライヴは思った。
とはいえ、どう返すべきか逡巡してしまったクライヴにテランスは言い切った。
「気遣ってほしいわけでも、謝罪してほしいわけでもありません。貴方とは切り離された空間で起きたことです。そして、本題でもない」
「……本題、とはジルのことか?」
クライヴにテランスが頷く。
「ええ。何かきっかけはあったのでしょうね。ディオン様の心にするりと入り込んでくださった」
少しテランスの表情が緩む。くっきりはっきりとしたあの不機嫌さは何処へ飛んでいったのか。テランスは、クライヴにとっては掴みどころがない厄介な人物のように思えた。腹を割って話せばその感情は霧消するのかもしれないが、どうなのだろう。
しかし、ここで考え込んでも仕方がないので話を進める。
「きっかけ?」
「私もよくは知りません。……というか、知らないふりをしています。ディオン様の心が休まるならばそれで」
テランスが紛い物ではない笑みを浮かべたので、クライヴは混乱した。狭量だと噂に聞いたし、実際にたった今目の当たりにもした。独占欲がなかなかに強い、とはディオンの言だが、それなのにジルと語らうのは許容している。いや、テランスの言葉からはジルへの感謝の念が込められていた。
これは、本当にどういうことだろう。
「テランス、君は何故そんなに――」
「そろそろ密談は止めぬか、二人とも」
落ち着いていられるのか、そう言おうとしたクライヴの言葉を遮ったのは、ラウンジから聞こえてきたディオンの張りのある声だった。気配も姿もそれなりに隠しおおせていたはずだが、いくら声を潜めていてもこの静けさでは聞こえてしまったのだろう。
ぎくりと身をこわばらせたクライヴとは対照的に、テランスはクライヴに肩を竦めてみせると中へ入っていった。
「ご歓談中、失礼いたします」
ジルとディオンが陣取っていた卓に歩み寄ると、悪びれる風情もなくテランスは礼をとった。ジルに挨拶をし、ディオンには何事かを言っている。彼が何と言っているのかは、入口で固まったままのクライヴには聞こえなかったが、ジルとディオンは和やかな雰囲気をそのままにしてテランスとやり取りをしている。
楽しそうだった。ジルが、笑っている。いつも控えめに微笑むくらいの(それだって前よりは笑顔を沢山見せてくれるようになったのだが)彼女が、だ。
テランスの言葉と自分の認識が合っているのかは分からないが、確かに不思議だった。珍しい、とも少し思う。……そして、やはりもやつきは取れない。増していくばかりだ。
ディオンとテランス、二人のどちらかが何を言ったのか、ジルが頷く。先のディオンの言葉がなくとも、彼女も自分の存在に気付いていたとクライヴは思う。だが、大広間の入口に立ち尽くしているクライヴを彼女は目を細めて見つめただけで、また彼らの話に戻っていった。
いったい、本当に何が起きているのか。此処で呆然としている場合だろうか。割り込んで、二人から彼女を取り戻すべきだろうか。いや、単に雑談に興じているだけかもしれない。しかし、それにしても――。
ぐるぐると思考が空転するクライヴを他所に、三人は話し込んでいる。ディオンの言にジルは目を大きく見開き、身振り手振りで説明を加えているような仕草を見せたテランスに頷いていた。その間に、ちらり、とディオンが此方を見て呆れたような表情を浮かべたので、クライヴは空転が反転に切り替わりそうなのを必死に抑え込んだ。
あの二人を、それぞれ一発ずつ殴りに行こうか。物騒な考えがクライヴの心を掠めたその矢先、ディオンは手にしていた本をジルに手渡した。
ジルは本の表紙を眺め、ぱらぱらと頁を捲った。やがて、気にかかったものが書かれていたのか、顔を上げてディオンに何か問う。彼女の問いに、ディオンは笑みを浮かべて頷いた。
そうして。
堪忍袋の緒を勝手に切ろうとしたクライヴに、六の瞳が向けられた。
§ §
しばらくして――。
おひさまの光を浴びたい気分なの、と言ったジルに合わせ、クライヴとジルは憩いの広場に来た。トルガルは別の場所で日向ぼっこを楽しんでいるのか、此処にはいない。珍しく誰もいない広場に据えたベンチに並んで座る。
ベンヌ湖の水面が陽光を反射してきらきらと輝いている。そのさまは眩しいほどで、クライヴは目を細めた。
陽光。青空。空を見上げても、そこに黒の塊はもはやない。世界は、時代は、人の手で紡がれるようになった。そして、新しい世界の理を各々の意思を集めて築かなければならなくなった。……もっとも、それが最善で最良だったかどうかは、「神」を打ち倒したクライヴ自身にも未だ迷いがある。否、決戦前よりも今のほうが迷っているのかもしれない。本当に、あれで良かったのかと。
少しずつ、本当に少しずつではあるが、何も知らなかった人々にも「世界が変わった」のは伝わり始めた、とはヴァリスゼアを巡る旅を終えたディオンの言だった。ベアラーが魔法を使えなくなった、クリスタルが力を失った、青空が戻った――。様々な事象を、人々は諦念と希望を抱えながらも歩み出そうとしている。「大混乱」は未だ深く根を張り続けているが、案ずるよりも「人」という存在はずっと強かだった、とクライヴにディオンは語った。
彼の言葉に、クライヴはひとまずの安堵を得た。前にミドが語っていたように、明日だけを望む儚い「希望」は、未来を見つめる「夢」へと在り様を変える日が来るのかもしれない。長い時を経て、いつかきっと。
そのときに自分が立ち会うことはないだろう、クライヴはそう思う。だが、できることはあると思っている。等しく「人」になった者達が手を取り合い始めるさまを見たかった。
「……クライヴは、本当にクライヴなのね」
優しい沈黙を破ったのは、ジルの呟きだった。ことん、とクライヴの肩に頭を乗せ、離れたままだった手に自らの手を乗せる。剣を手にしていた彼女の手は、それでもクライヴのそれとは段違いに柔らかだった。その柔らかさを感じることができて嬉しい、とクライヴは思った。――反対の手は、石となってしまったから。
乗せただけのジルの手を緩く握る。そうして、クライヴは彼女の不可思議な呟きの意味を問うた。
「俺は、確かに俺だが……? 他の誰にもなれない」
「分かっているわ。……そう、分かってる」
でもね、と続けた彼女は、少しばかり強くクライヴの手を握った。
「もう、分かりたくない。分かってるふりをしたくない」
「……ジル?」
不穏な言葉を口にしたジルを、クライヴは驚きの感情と共に見つめた。身を離し、彼女もクライヴを見つめる。睨むように見据えるのではなく、慈愛を多分に含んだまなざしだった。いつもの、柔らかな微笑みだった。
いいや、と混乱のままにクライヴは心中でかぶりを振った。違う。何かが違う。……違う? それもまた違う。自分は、彼女のこの表情を知っている。メティアに祈る横顔を垣間見て、涙を見なかったことにして、どうにもできない遣る瀬無さに訳の分からない溜息をつきかけたことがある。ずっと遠い昔――、そう、何も知らなくて、何もできなくて、諦めることばかりを知っていて、世の中を知らずに、誰の想いも汲み取れずに、それでも大切な人達を守ろうと思っていた頃に。
月を見た。隣にかすかな光を放つ赤い星を見た。ふたりだけで。
そのときの彼女の表情と――星月夜といえど暗かったから実際はよく読み取れなかったが――雰囲気が似ていた。
だが、それは一瞬のことで、彼女は凛々しい笑みを美しいかんばせに乗せた。
「指摘されて、改めて気付いたわ。私自身、忘れかけていた。貴方も忘れているかもしれない。この忙しない日々で……そう」
芯のある声でジルは言い、言葉を切った。自らに言い聞かせるように頷き、再び口を開く。
「そう、この日々の先に、私が望む未来はあるのか。……私の想いは、願いは叶っているのか。叶える気が自分にあるのか」
「ジル、それはいったい」
訊きかけた問いをクライヴは呑み込んだ。代わりに、彼女をじっと見つめる。凛々しさのなかに少しだけの寂しさが刻まれている笑みを。
脳裏に風が吹く。嵐の予兆、自らの手に小さく柔らかな手をとった。温かかった。
そして。
まだらの紫の光を受けながら、咲いていた雪月花。彼女がつくった花冠。告白。夢。叶えようと誓った約束。
分の悪い賭けだとも思っていた最後の戦いに打ち勝ってみせると、決意した。その勇気をくれたのは、彼女の想いで、言葉で、夢で、涙で、笑顔で。
すべて終わったなら、涙はおしまい。雪月花が風に揺れる丘で、彼女は言っていた。すべて終わったならどうしたい? 自分は彼女にそう訊いた。
すべて。――そう、すべて。それは、終わっていたはずなのに。
クライヴが思い出したことを察したのか、ジルは肩の力を抜いて楽しそうに笑った。
「今はね、もう「エピローグ」なんですって。すべて終わって、世界は変わって、時は動き出しているって……「先生」に言われたの」
「先生……? 語り部に?」
今度は問いを繰り出したクライヴに、ジルは「違うわ」と首を横に振って笑みを深める。
「だから、自分の望みを忘れるなって。隠してしまったこころをそのままにしては駄目だって。放っておくと取返しがつかなくなるって」
彼女の言葉はクライヴの心を抉った。「先生」が「誰」なのかは今はどうでもよい。どういう状況で告げたのかということも。だが、その言葉は真実だった。
静かに打ち寄せる暗い波を見たことを思い出す。本心を隠していることも知りながら、彼女に自分の想いを押し付けて、心の表面だけをなぞったあの夜。分かり合えたと思い込んだあの朝。
「先生が言うには」
過去に揺れるクライヴを諭すように、ジルは話し続けた。クライヴの左頬にそっと触れる。
「「あの男は特にそういうことに疎そうだから」って。……でも、そうしたらお仲間さんが、先生を睨んで言ったの。「貴方は人のことを言えないでしょう」ってね」
仲間、と呟いたクライヴに、ジルが「そう」と頷く。少しずつ彼女は身を寄せ、やがて両腕をクライヴの背に回した。
「前に、私がお仲間さんに言ったわ。『もう待たないってそう決めたの。手を伸ばして、掴んで、そうして』って。どうやら、それを覚えていたみたいね。私を諭し続ける先生の隣で「あのときの勢いはどうしたんですか。物分かりが良すぎるのも考えものですよ」って切なそうな顔で笑ったわ」
耳元で語らう彼女の言葉が、クライヴの心にも入り込む。彼女の「先生」と「仲間」は、彼らなりの苦難を乗り越えてその真実に辿り着いたのだろう。
自分達が、特に自分が、忘れかけていた想いに彼らは向き合っていた。……いや、忘れていたのは、自分ばかりだ。
「ねえ、クライヴ。「依頼」があるの」
ようやくジルの背に腕を回したクライヴに、悪戯を思いついたような声色でジルが言う。ふ、とクライヴは口元を緩めると、ベンチに置かれたままの本に目を留めた。
――外大陸について。そう表紙には書かれてあった。
「君の望みは? もう一度教えてほしい」
抱きしめ、クライヴはジルにそう囁いた。