DESSERT OF DESERT

「こんなものしかなくてごめんなさい」
 まだまだ続く砂の海。少し休憩をとろうと、見つけた日陰でそれぞれ腰を下ろした面々は、食糧係を買って出ていたパンネロから遅い昼食を受け取っていた。
 固い干し肉に、同じように干したパン。それから木の実が少しと、塩。一口ずつ飲みまわす葡萄酒。
 葡萄酒以外の糧食をそれぞれが持っている器に入れ、パンネロは最後にアーシェに渡した。ごめんなさい、という言葉はそのときするりと口から出てしまったものだ。
「……」
 あまり表情を変えず、かつての王女がパンネロを見つめる。いっそ射止めるように。
 ——やっぱりこんな粗末な食事、王女様は食べない、かな?
 できるだけ持って行けるようにとバッシュやバルフレアやフランから——ヴァンはこういうとき全然頼りにならない——指導を受けたのだから間違いはそうそうないはずだった。噛み切れないほど固いけどその分食べた気分になる干し肉と、干しパン。木の実は疲れをとるし、塩は必須だと道具屋の親父も言っていた。
 言っていたのだが、やっぱり。
 王女の視線に耐えられずにパンネロは地面を見つめた。そうしてどうにも居た堪れない気分になったとき。
「ありがとう。いただくわ」
 すぐ目の前から声が振った。
 は、と顔を上げると、やはりあまり表情は固いままでアーシェが両目を一瞬瞑った。咄嗟に差し出した器を受け取り、彼女は何でもないことのように口を開いた。
「王女だからといって、そう贅沢な食事はしないものよ。そもそも、私もこの二年は食に窮してきたのだし」
「そう、なんですか?」
「解放軍として地下に潜っていればね」
 そう言うと、アーシェは切り分けられた干し肉を摘んだ。上品にちぎる指先は傷だらけで、いけないと思いつつもパンネロはじっと見てしまう。
「だから」
 視線には気付いているはずなのに、アーシェはそれに触れなかった。珍しく饒舌な彼女の隣に座り、パンネロもまた干しパンをひとかけらちぎった。
「はい?」
「だから、結構面白い料理を知ったわ。たとえば、東ダルマスカ砂漠にはぐれトマトがいるのは知っている?」
「あ、知ってます。この前ヴァンがとっちめてました」
 あの日はトマト塗れになって帰ってきたからよく覚えている。そのまま家に帰ろうとしたから噴水に放り込んで強制的に洗わせたのだ。
 そんなことを言い募ると、やはり珍しいことにアーシェは笑った。そうして何でもないことのように続ける。
「あれと、ウルフを狩って一緒に煮込んだり」
「——え」
 はぐれトマトとウルフを……狩って……煮込む?
 顔と似合わないワイルドなその【料理】に、パンネロは肩につくくらい首を傾げた。
 ヴァンが身振り手振りを示しながら教えてくれた「はぐれトマト」は、その話からして到底おいしそうではなかった。可愛い顔をしていたのもつかの間、物凄い勢いで迫ってきて飛びついてきたそうだ。大体、トマトが歩いていたらそれは野菜ではなくて立派な動物だ。
 ウルフも何度か逢ったことがあるが、やっぱりおいしそうには見えなかった。
 でもでも、と慌てて首を元に戻してまた考える。要するにつまり、それくらい大変だったということなのだ、きっと。
 おそらく、たぶん。
「最初は「え?」と思ったわ。でも、あれは意外にいけるのよ」
 しかし、そんなパンネロの好意的解釈——かどうかは知らないが——を元王女はあっさりと打ち砕いたのだった。
「……本当に?」
 おそるおそるの問い返しにアーシェはあっさりと頷いた。
「そう。だから、地下に隠れるのに飽くとウォースラや他の面々と連れ立って東ダルマスカの奥の方で狩りをしたわ。後は、タイニーサボテンのゼリー」
 アーシェは指折り数えながら新たな料理をパンネロに示した。
「タイニー……ってあの「ゆるーい」やつですか? 寝てばっかりの」
「そうそう、それ」
 ——あれも食べるのか。
 思い出して自然に笑みが浮かんだということは、どうやらタイニーサボテンのゼリーも美味しいらしい。ここに来て初めて本格的に見るアーシェの笑顔にパンネロは呆然としながら、パンを噛んだ。
 味がない。
「でも、トゲだらけで」
「そこはもちろん全部トゲを抜くのよ。抜くというより、トゲをダガーで全部こそげ落としてから皮を剥ぐの。中に詰まっている果肉……肉かしら?」
「肉じゃないですか?」
 はぐれトマトと一緒で、タイニーサボテンも動物だろう、どっちかというと。
 とはいえ、はぐれトマトよりはずっと「植物的」だからか、そんなに驚きはなかった。そっかーあれも食べようと思えば食べられるんだくらいの頷きを返しながら、パンネロは干し肉の最後の一片を口に放り込んだ。
 香辛料が付いている分だけ、かなり味が濃い。パンと交互に食べればよかったと少しばかり後悔する。木の実も間もなく回ってくるだろう葡萄酒も濃いから、さっぱりとしたものがほしい。
 そういった意味合いでは、タイニーサボテンのゼリーはちょっと魅力的だ。
「でも、ゼリーいいですよね……」
 この際、肉か果肉かはどうでもいい。
「そうね。中のプルプルした肉を鍋に入れて、少し水で緩めて、花サボテンが集めた花の蜜を密猟して、固めるととてもさっぱりしたゼリーのできあがり。そしてね」
「そして?」
 ぐっと低まったアーシェの声に、パンネロは彼女へと少し身を寄せた。
 後ろで「これだから女は怖い」とか「アーシェ様……」とか声が聞こえるが、「さっぱりとした」ものを出してくれない以上、彼らの声なんかはシャットアウトである。
 すぐ近くで見合わせると、いつもは不機嫌そうに顔を顰めているアーシェがさらに笑顔になる。爽やか、とか、優しい、とかそういった王女様然とした笑みではなく、やたら男前な笑みだった。
「このゼリーはとっておき。一口食べればお肌にばっちり効くのよ」
「本当ですか!? えええそれは今ほしいですっ! こんな砂ばっかりのとこで、もう日焼けするし肌荒れするしで大変で」
「同感ね。なら、行きましょうか!」
「行きましょう!」


 かくしてナム・エンサのど真ん中で一行は東ダルマスカ砂漠へと逆戻りした。
 アーシェとパンネロ以外のメンバーのうち、バッシュは迂闊なことを教えたとウォースラを横目で睨み、ウォースラは主君の思わぬ暴走に肩を落とし、バルフレアとフランは暫くぶつぶつと呟いたが、ラバナスタに到着するなり砂海亭から一歩も出てこなかった。
 ヴァンはというと、アーシェとパンネロがタッグを組んでしまえば勝てるわけもなく、木陰で休む二人のかわりにはぐれトマトとタイニーサボテンを山ほど狩って、東ダルマスカを旅する人たちに有難がられたりもしたのだった。


 そうして。
「あら、ゲートクリスタルあったのね」
「あ、ほんとですね。これでまた気軽にゼリー食べに行けますね」
 一ヵ月後、王墓に辿り着いた面々は、ぴかぴかの肌で語り合う少女2人にがっくりと項垂れたまま斜めに傾いだのだった。

あとがき

 オチがすっとび、なんかアーシェが「マリア様がみてる」の祥子さまみたいになりました。そしてこれを書いている最中百面相してしまいました…(←どこで書いてるのやら)
 うちのパーティーはアーシェとパンネロが仲良しです。というかこの二人を敵に回すと恐ろしいことになります。

2006.03.24