SHIELD AND FLOWERS

 アーシェは憮然とした面持ちで歩いていた。
 自分の背後に聞こえる足音は複数、もうずっと何時間もこうして歩いている。当たり前だ、まだ目的地に辿り着いてはいないのだから。
 ロザリアが建てた採掘機によってできた短い影に寄り添うようにして何度か休みながら歩いているが、徐々に足取りは重くなっているような気がする。
 一歩踏み出すと、舞い上がった砂が足元で耳障りな音を奏でた。
「あーあ、もっと幅広の帽子にすればよかった」
「ばかだな、そんなん被ったら飛んでくだろ? 間違いなく。それでいいじゃん」
「だってこれだと結局陽射しが顔に当たっちゃう」
 ——これ以上真っ黒になったら後で大変なんだってば!
 真っ先に音を上げるかと思っていた少女が、幼なじみらしい少年にじゃれている。
 またそれかよとか、ヴァンは何にも分かってないとか、だって見た目変わんないんだから分かるわけないだろとか、どうせ皆カボチャに見えるんでしょとか、いやフランさんは綺麗だなって思うよとか、何ですって!とか……とにかくかしましいことこの上ない。
「……元気ね」
「先が、思いやられる?」
 うるさい、と呟こうとして咄嗟に切り替えた言葉に呼応した声に、アーシェは思わず顔を上げた。見れば、すぐ横を歩いているフランが自分を見ている。
 もうひとつ視線を感じ、彼女は反対方向へと視線を転じた。見張っているのか、相棒であるらしいフランと共に自分の脇を固めているバルフレアが片目を瞑って寄越す。
「若さってのは羨ましいねえ」
「……彼らは何も分かっていないだけだわ」
 声は思っていた以上に険を帯びていて、アーシェは顔を顰めた。だが、投げかけられる二つの視線に引き下がるわけにもいかず、再度口を開く。
「物見遊山ではないのよ、これは。『こんなところに置いていくな』と言っていたけれど、一晩やり過ごせばラバナスタ行きの飛空艇はいくらでも出ている」
 帰りたいと何度か言っていた故郷にだって帰れるはずだ、彼らは。
「ごもっとも」
 バルフレアは彼女の意見に頷いた。あくまで緩慢に、だが。
 横目で改めて見やると、バルフレアは皮肉げに口の端を吊り上げていた。「やれやれ」と言いたげな素振りだが、その目は笑ってはいない。
 油断がならない、と二人にアーシェは改めて思う。もっとも、それ故に彼らにはいてほしい。
 空賊ということだったが、彼らの「腕」と「頭」をアーシェは買っていた。こんな状況では戦力を望む方が難しい。バッシュは護衛として付いていてくれるが、彼一人だけではどうにも心許ないのもまた事実だった。
 その点、バルフレアとフランならば天秤にかけることのできる「材料」さえ提示すれば、傭兵のような仕事でもきちんとこなすだろう。……問題は、あの二人だ。
「いざとなったらあの二人は盾さ」
「……え?」
 問い返しにバルフレアは答えなかった。かわりにフランがほんの少し背後に目をやって、言葉を補う。
「……意外にも彼らは戦力。少なくとも、この砂海を抜ける間は最悪盾くらいにはなるということ」
 モンスターや注意しなければならぬ相手も多いこの砂の海で、頭数が極端に少なければそれだけひとりひとりのリスクは高まる。それ故の盾だとフランはあっさり言い切った。
 そんなふうに考えたことがなかったアーシェは目を見張った。邪魔だとは思っていたが、いざというときは切り捨てると思ってはいたが……盾とまでは。
 浮いたような感覚に拳をつくると、親指の骨がポキンと鳴った。
「——まあ」
 心境を知ってか知らずか、バルフレアがのんびりとした声色で続ける。
「ご婦人方を盾にするのは俺の趣味じゃないからな。パンネロは守るさ。まあ、王女様も。だが、男を守る趣味はないからな」
「……」
「——というわけ。頑張ってね、ヴァン」
「へ?」
 追いついてきたヴァンにフランが振り返って声をかける。突然話しかけられた彼は当然ながら目をぱちりと見開いた。

 「あの時実はこっそり同情していたのだ」とヴァンにアーシェが告白するのは、ずっと後になる。

あとがき

 バッシュ(盾その1)が出てきてません! 彼はしんがりを守っていたため不参加。オチも何もないですが、うちのパーティーはこんなかんじです。砂海越えではヴァンもパンネロもいなくてもいいといえばいなくてもいいはずだったので盾がかわったのかなーと思ったのでした。

2006.03.20