風の音の夢

- Timeline until abandon the crown -

 夢だということは、すぐに分かった。
 ティータが、妹が、笑っていた。その笑みが最後に見せたような大人びた笑みではなく、子供の頃のような屈託のない笑みだったから、夢だと。
 いや、それは嘘だ。ティータが手放しで笑顔を見せるなんてことは、子供の頃からなかった。物心がつく頃には必要以上に分別があったから、いつも自分を押し殺していた。たぶん、無意識に。
 だから、これは夢だと分かる。
 もう、数え切れないほどに見た夢。
 笑いながらティータが俺の手を取って、草原へと導く。いつの間にか彼女の手には花冠があった。
 俺が花冠に気付くと、彼女は背伸びをしてそれを俺に被せた。手を叩き、嬉しげに何かを言う。
 勿論、何を言っているのかは分からない。これは夢なのだから。
 俺は彼女の前に跪き、誓った。幼い頃の願い。失った頃の願い。
 ……そして、今の。
 花冠が重い。
 ざあ、と聞こえるのは風の音。散った花びらは花冠のものか、それとも。
 差し出された手に口づけた。そうして見上げると、彼女は泣きそうな顔で笑った。
 それは妹ではなく。
 唯一愛した女だった。

 草原は花畑に変わっていた。
 俺は彼女を導き、どこからか聞こえてきた円舞曲に合わせて礼をとった。
 泣きそうだった彼女は今は朗らかに笑っていた。……やはり、夢。
 滑らかな手を握り、ゆったりと踊りだす。
 一度だけ足を踏み、二度足を踏まれた。そのたびに顔を見合わせ、笑い合う。
 曲は緩やかに、そして華やかに。少しずつ勢いを増し、そしてまた緩やかに。
 憂いなんてどこかに置いてきたような彼女と踊った。
 俺と彼女が被った花冠の花びらが散っては消える。
 曲はやがて静かに終わり、そして、風の音。

 ……いつもだったら夢はここまでだ。
 散る花びらに、夢の終焉を感じていた。

 なのに、再び草原が広がる。
 うねるように広がる丘から目線を上げれば、夕焼け空が広がっていた。
 綺麗な景色だった。泣きたくなるような。
 次第に近づいてくる親しい気配には振り返らずに、その光景を飽かず眺めた。
 気配はすぐ近くで立ち止まり、何かを言ったようだった。
 いや、その前に俺が何かを言ったのだったか。
 いずれにせよ、声は聞こえなかった。俺の言葉もまた、「彼」には伝わらない。
 悔しかった。
 何を考え、何に抗い、何から離れたのか。
 何を思い、何に抗い、何を見据えたのか。
 未来へと続く道は、必ず分かれるものだったのか。同じ道を歩むすべはあったのか、それともやはりなかったのか。
 ……これは夢。そして、過去。もう戻れない。もう戻らない。
 ちぎった草を口元にあてる。息を吸い、教えてもらったように草笛を吹いた。
 風に、素朴な音が乗った。自分の奏でる音と、彼のそれが響く。

 夢の中、風の音。
 聞こえなかったのは、それぞれの想い。
 伝えられなかったのは……。