氷祭の夜

- STARWALKERS -

 訪れる長い夜は、闇を容易くもたらす。
 降り積もる雪は、物言わぬ骸を隠す。
 凍りつく大地は、人々の心をも凍えさせる。
 そうしたものから逃れるために生者は集う。闇夜を払うが如く数多の蝋燭を灯し、失われた者達の魂が迷いなく還ってきますようにと願い、束の間でも寄り添えますようにと祈る。
 氷祭はそのための祭だった。
 いにしえには違う意味合いを持っていた、そう教えてくれたのは父だった。戦で見せる顔とはまるで違うと友にからかわれながら穏やかな笑みを湛えていたのを覚えている。
 長き冬の夜を憂い、白い雪に覆われる大地を慰めるための祭。それが、氷祭の起源。
 今は精霊と魂を慰めるための祭だが、と前置きをして父は続けた。──変わっていないものもある。
 たとえば、広場に据えられる立派な樅の木。たとえば、魂との別れのために結びつけるカリアの枝。樅の木の下に置かれる数え切れないほどの蝋燭の灯火。祭の最終夜である冬至から徐々に伸びだす陽の長さ。
 変わらないもの。変わりゆくもの。今を生きる者は常にその狭間にあり、変化を感じることは能わない。すべては後の世に生きる者達が判じることなのだ。
 ──さて、来年は。
 父は言った。来年こそはカリアの枝も減るような穏やかな年になってほしいものだが。
 そう言って笑った父も戦に斃れ、自分はカリアの枝を手にした。
 樅の木に一緒にカリアを結びつけてくれた父の友は、自分の頭を撫ででくれた。
 そして──。
「オーラン」
 隣から声をかけられ、オーランは自分が過去を彷徨っていたのだと知った。慌てて我に返り、小首を傾げて自分を見やるバルマウフラに笑みを取り繕う。
「あ、ああ……。ごめん、何か言ったかな?」
「早く結びつけないと、他の人の邪魔になりそうって言ったのよ。……まるで聞こえてなかったのね」
 呆れ顔でバルマウフラが言う。
 その言葉に促され、オーランは背後を振り返った。どれくらいぼうっとしていたのか、それとも賑わう頃合いになったのか、カリアの枝を樅の木に結びつけようとする人々で周辺はごった返していた。確かにこれでは邪魔だと難癖をつけられても仕方がない。
「今、結んでしまうから」
 手にしていた二本の細枝に目を落とす。一呼吸の逡巡の末にそのうちの一本を樅の木に結びつけた。
「これでよし。待たせたね」
 樅の木に向かって目礼すると、人混みではぐれてしまわないようにバルマウフラに向かって手を差し伸べる。少し躊躇した後でその手を取った彼女を促してオーランは歩き出した。
 広場を囲む出店の数々を冷やかしながら、そうしてそぞろ歩く。
「……いつも思うけど、暗い祭のはずなのに賑々しいのが不思議なのよね」
「確かにそうだね。悲しい祭だからこそ集うのだろうけど……」
「まあ、毎日こんなに暗ければ滅入っちゃうものね。適当な憂さ晴らしも必要ってことかしら。……あ」
 木彫りのオーナメントを扱っているらしい店の前でバルマウフラが足を止めた。
「少し寄るわ」
 オーナメントを選び始める彼女に頷き、オーランもまた店を覗いた。
 星や鐘、杖にカリアの葉、十二宮それぞれを象ったモチーフなど様々なオーナメントが店には所狭しと陳列されていた。イヴァリースの民なら馴染み深いそれらの品々は、カリアの枝と同じように樅の木に括っても良いし、守護を求めて一年を通じて家に飾っても良い。氷祭には多くの店が並ぶが、小ぶりのものであれば値段も手頃なこともあってどの店も繁盛しているようだった。
 さして興味も覚えなかったので、一通り見ただけでオーランはバルマウフラに目を向けた。
 楽しそうに小ぶりのオーナメントをあれこれと物色している彼女は年相応に見えて微笑ましかった。前に年齢を聞いたときには(そのときには足を思いきり踏まれてしまったのだが)予想していた歳よりだいぶ若いと知って驚いたのだが、それはおそらく彼女の性格に起因するところが大きいのだろう。
 じっくりと吟味した後、バルマウフラが小さなオーナメントを店主に渡した。頷く店主に代金を支払い、品物を受け取る。連れは何処に行ってしまったのかと辺りを見回す彼女に、オーランは手を挙げた。
「お待たせ」
「何を買ったんだい?」
 訊ねると、バルマウフラは買ったばかりのオーナメントを見せてくれた。魔除けの動物を模したそれは、彫りは荒いがなかなか味があった。
 だが、少し気になることがある。
「可愛い、というのかな、いい感じだと思うけれど……これって魔除けのものじゃなかったかな?」
「そうよ?」
 重ねて問うと、バルマウフラは素直に頷いた。それが何か、と言わんばかりの彼女にオーランは苦笑した。
「いや、少し不思議だったんだ。魔道士、違うな、教会に属していた人間が持っていたら魔除けになるどころか呼び寄せてしまいそうで」
 話しながらそこまで考えて、はた、と気付く。
「……ん? 魔除けといってもこれは元々が土着信仰に由来するものだからグレバドスとは関係が薄いしそもそも教会の意図したところと事実から成り立つものから考えうるのは」
「何をぶつぶつ言っているの?」
 呟きが聞こえたのか、傍らに立つバルマウフラが再び繋いだ手に力を込める。はっと気付いて思わず見ると、バルマウフラは先程の呆れ顔を再び浮かべてこちらを見上げていた。
「いきなり自分の世界に入り込むのは本当に悪い癖ね。ましてや、誰が聞いているか分からないのに。不用心この上ないわ」
「……ごめん」
 彼女の説教はまったく正論で、オーランは神妙な面持ちで再び謝った。今夜はどうも自分の世界に彼女を巻き込んでしまうような気がする。……いつものこと、といえばそうなのかもしれないが……。
 そのとき。
「結構好きなのよ」
「え?」
 バルマウフラの唐突な告白に、オーランは反射的に訊き返した。
 気負っているふうでもなく、むしろ愛しそうに目を細めて彼女はこちらを見ていた。あまり見せることのないその表情はある意味彼女らしくなくて、戸惑ってしまう。
 ──この癖が出ると大抵は怒るのに、それは愛情の裏返しだった……とか?
 そうだとするとかなり嬉しいことなのだが、にわかには信じがたかった。かといって、彼女の言葉を疑ってしまうのもなかなか難しい。
 期待に満ちたまなざしでオーランはバルマウフラを見た。すると、何か感じるところがあったのだろう、彼女は小首を傾げた。

<続>