Lament

 重苦しいともいえるその場の雰囲気に、ベイオウーフは僅かに顔をしかめた。
 今夜も常と同じように軍議(と言うと大抵嫌がられるのだが)が貸し切りの酒場で開かれている。一見、それは本当に「いつもと同じ」なのだが、しかし今夜のそれは確実に「違って」いた。
「オーボンヌへ行く」
「ラムザ、ちょっと待てよ。……今のままじゃ無理だ」
「でも」
 議が始まるなりそう宣言したラムザに、すぐさまムスタディオが待ったをかける。他の面々も一様に頷き、神妙な顔つきでラムザを見つめた。ただ、声もなく。
「……でも」
 仲間達のその様子に圧倒されたのだろう、ラムザは何かを言いかけたが、すぐに消沈した面持ちでうなだれた。手にしていた地図をくしゃりと握り潰し、黙りこくる。
 その心情を思えば当然か、とベイオウーフはラムザの様子を部屋の隅で眺めながら腕組みをした。
 ミュロンドの礼拝堂で聞いた哀願。闇の軛から解き放たれたいと悲痛な声を上げたのは、青年の兄だった。長兄のように闇を飼い慣らすなどといった芸当なぞ実直なる男にはできるわけもなく、故に彼は青年に死を乞うた。
 その願いを青年は、ラムザは聞いた。言葉では言い表せない表情を見せ、呻き声を漏らし、震える手で剣を振り下ろした──。


「……苦しいところですね」
「そうだな」
 結局はムスタディオとアグリアスらが説得し、ラムザの願いはひとまずは保留という形になって軍議は散会した。憔悴を隠せないままに割り当てられた部屋へと戻っていくラムザを見やりながら、ベイオウーフは隣に座を占めていた老伯に語りかけた。
「しかし、乗り越えねばならん」
 常になく厳しい声色で語るオルランドゥに、ベイオウーフは頷く。
 試練なのだろう、と思う。昼間のあれは、疑いようもなく悲劇だった。予想していた最悪の形とは違う形状の火の粉が降りかかり、それを青年はどうすることもできなかった。
 憎しみを、怒りを、暗い感情をぶつけられたのなら、青年はきっと立ち向かえたのだろう。だが、青年がぶつけられたのはそういったものではなかった。
 嘆き。恐怖。そして、謝罪。それらを遺して男は消えた。……故にこそ。
「覚えがある、などと言っても詮無いことですが。心というものは誰にも見えない……実は自分が愛されていたのだと気付けないときもある。反対に、愛を抱えていたのだと最期に気付いてしまうことも」
 鋭い刃で一突きにされるより余程酷い傷になることを、ベイオウーフは知っている。そして、その癒やし方や逃れ方も。
 自分の言葉に頷いた傍らの剣聖もそうだろう。そうでない者が戦場を駆け抜けるのは無謀だ。ましてや、人の生死を分かつ立場になることなど出来はしない。
 青年は戦場を知らない。さらに深い闇に沈んでいたが故に、知らなかった。
「分かれ目だな。ラムザのことを信じるに足る男だと私は思っているが、実はそうではないかもしれない。さて、どうなるか」
「今は見守るしかないでしょうね。……そして、我々も」
 ベイオウーフはカウンターに歩み寄ると、三人分の火酒を注文した。すぐに出てきたそれをオルランドゥに渡し、自らも酒器を持つ。
 もうひとつの酒器は、卓に置いた。
「確か、あれは酒に弱かったが。まあ、良いであろう」
「ええ」
 目を細めてオルランドゥが酒盃を掲げる。ベイオウーフはそれに倣った。
「かつての戦友に」
 そうして、この世から消えた男に向けて最後の言葉を投げた。

あとがき

ザルバッグ兄さんのお話が書きたかったのですが、まずは(?)その後の話を書きました。ベイオウーフさんと伯は、年長者としても高位にあった者としても俯瞰で物事を見ているような気がしています。もしかするとベイオさんはそうでもないかもですが。

しかし本題はこの話のラスト9行。ザルバッグ兄より数歳年上(そして流浪の時期を考えると、ほぼ同期?)なだけのベイオウーフさんも若き騎士団長として五十年戦争に参加していた(と思う)となると、北天南天と同じ席にいたかもしれない、顔見知りかもしれない…そう思うとなんだか床ばんばんな気持ちになりました。

2021.10.17