Melancholia

 気鬱だった。
 いったい何がきっかけだっただろう、とメリアドールは思う。……たいしたことではないはずだった。
 いや、「たいしたこと」だったのかもしれない。そうも思う。見て見ぬ振りをしていたから、こんなことになったのだ。煮込んでいたはずの具材が鍋底で焦げ付いてしまったかのような具合。
 心の中は黒く、そして苦い。焦げがこびりついている。
 切り株に腰掛け、メリアドールは溜息をついた。そうしてみると心持ちはますます暗くなったので、また溜息をつく。
 負の連鎖だ。分かっていた。――だが。
 ランベリーからラムザ達と共に行動することとなり、始めのうちは真実が知りたい一心だった。父が、神殿騎士団の仲間達が、教会が……どういう思惑で何をしようとしているのか、蚊帳の外にいた自分は知らなければならないと思った。そして、事の次第によっては命を投げ売ってでも止めなければならない、そればかりを思っていた。同じように真実を知らされぬままに死んだ弟のためにも。
 だが。
 教会の在り方は危険だ、そう言われた。――信じるものを否定された。
 人ではない、そうも言われた。――愛する者も否定された。
 ――そうじゃない! 本当は! ……本当は。
 返す言葉も持ち合わせず、ただ歯噛みするような想いで受け流す。だが、心は悲鳴を上げ続けた。苦しいし、悔しかった。
 だから、もう離れようかと思ったのだ。ミュロンドに戻って仲間に、父に、真意を問えば良いだけの話なのだから。
 そう思っていた矢先、「彼女」が言った。堅苦しくも鋭い口調で。
『逃げるのか』

「目が虚ろになってるよ、メリアドール」
 唐突に声をかけられ、メリアドールは自分が意識を飛ばしていたことに気がついた。慌てて顔を上げようとした彼女が実際にしたことといえば、覗き込むように見つめていた男から仰け反って逃れたくらいだった。
「な」
 驚きで声もうまく出ない。そんなメリアドールに目の前の男は笑んでみせた。
「……何故ここにいるの、ラムザ」
 毒気のないような笑みを浮かべた男――ラムザに、メリアドールは自然と低くなった声で訊ねた。
「何故って、駄目かな?」
「アグリアスのところへ行ったほうが良いのではなくて? 彼女、随分と荒れていたわ」
「そうか」
 こちらがぶつけた疑問も嫌味もラムザは笑ったまま流した。
「派手に喧嘩したってムスタディオやマラークから聞いたよ。……アグリアスはなかなか自分を曲げない人だからね、僕も苦労するけど」
 喧嘩、という表現はどうなのだろうとラムザの言葉にメリアドールはそう思ったが、傍目から見ればそんな具合だったのかもしれない。ムスタディオやマラークがそう言ったのか、ラムザがそう捉えたのか、それは分からないが。
 あれは。メリアドールは先刻のやり取りを思い出した。糾弾するような視線で鋭い言葉を投げつけた彼女に、自分は激した。何が分かるの、そう叫んで……あとは何を言ったかよく憶えていない。
「それだから私に曲げろ、と? 膝を屈しろと? そう言いに来たの?」
「まさか。僕はその場に居合わせなかったし、どちらか一方が正しいとも思えないし。こういうのは何も知らない第三者が判断することじゃないからね」
 自他ともに認めるアグリアス贔屓の男からの意外な言葉に、メリアドールは少なからず驚いた。
「考え方は一人ひとり違う。君やアグリアスだけじゃない、僕だって、他の仲間達だって、そう。そして、何を感じて何を思っているのか、傍からは分からない」
「……それで?」
「だから考えを――、想いを表さないのは、もったいないと思って。いつも言い負かされてしまう僕が言うことじゃないかもしれないけれど、それでも黙って溜め込むよりはずっといいかなって今は思うから」
 今は、ね。目を細めてラムザが笑う。どこか遠いところを思っているのだろうか、そんなまなざしで言うラムザにメリアドールは黙り込んだ。
 自分はやはり何も知らない。ラムザやアグリアスや今の仲間達が自分のこれまでを何も知らないのと同じように。
「何も言わなかったのは……悪かったかもしれないわ」
「悪いとかじゃないよ。それに、想いを伝えるのは言葉だけとは限らないからね。たとえば……。そう、拳と拳とか!」
「え?」
 突然声を張り上げたラムザに、メリアドールは思わず目を瞬いた。
「陽が沈みそうな頃合いにふたりでファイト! おっと、メリアドールの一撃をアグリアスがかわした! そのまま殴り返すか、いや、クロスだ! 時が止まったー!」
 いったい何を言い出したのか、まるでよく分からない。ひとりで勝手に白熱しているラムザを見上げ、メリアドールは呆れながらも何故か心が軽くなったのを感じた。
 言葉にできない想いが心にはある。それ、をすべて伝えるのは難しいけれど。でも。
「……打ち合うなら、剣がいいわ」
 メリアドールのその言葉にラムザが片目を瞑る。
「装備品は壊さないでほしいな」
「善処するわね」
 すまし声でそう告げてみせると、ラムザが吹き出す。メリアドールも笑った。
 抱えていた気鬱はいつの間にか薄れていた。

あとがき

メリアドールさんとアグリアスさんは星座的に相性が最悪なのだそうで、いつか喧嘩したところを書きたいなーと思っていました。とはいえ、アグリアスさんは登場せず、メリアドールさんだけになってしまったわけですが…これだけだと何が何やらわけわかめ状態に近いので、アグリアスさんサイドもそのうち書きたいと思います。

そういえば、こっそりラムアグテイストもあったかもしれません。そう、私はラムアグの民…。

2020.08.26