Not Bros And Vital Point

「珍しいな?」
 そんなふうに声をかけられ、アグリアスは振り向いた。見やった先、喧騒を背にしてバルフレアが立っている。
 ご一緒しても? 芝居がかった物言いで続いて言われ、アグリアスはとっさに頷いた。
 アグリアスが頷くしかないのをバルフレアは分かっていたのだろう、返事を待つふうでもなく古ぼけた椅子に座る彼を見て、アグリアスは自身の内に奇妙な感情が湧くのを抑えられなかった。
「珍しいな」
 故に、アグリアスはバルフレアの台詞をそのまま返した。何が珍しいのか、という意味ではない。彼が自分に声をかけてきたのが珍しいという意味だった。
 バルフレアはアグリアスの問いを正確に読み取ったようだった。シニカルな笑みを口の端にのぼらせ、ざっと周囲を見渡す。
 どこの街でも同じように、酒場は喧騒の只中にあった。席もほぼ埋まり、立ち飲みをしている輩もいる。見知った仲に相席を求めるのは、別段珍しくもなんともないのだが。
 なんとなく、とアグリアスは思う。向かいに座る男は、自分などには声をかけないと思っていたのだ。──自分だけではなく、他の「仲間」達にも。
「珍しくなんかないさ」
 手にした酒器を軽く掲げてから、彼はおもむろに酒を呷った。
「混んでいる。イイ女がいない。──なのに、ここの酒はまあまあ美味い」
「はあ」
 アグリアスは曖昧に相槌をうった。
「知った人間がいる。幸いなことに、同席している輩もいない。オレは煩すぎるのは苦手でね、そんなわけで色々と都合がよかったわけさ」
「……成程」
 アグリアスもまた、周囲を見渡した。何か気になることでもあるのか、数人がこちらを見ていたが、アグリアスと視線が合いそうになると慌てて目を逸らした。
 ひとりで卓を占めていたのが疎まれていたわけか。
 アグリアスは合点すると、小首を傾げた。バルフレアが最初に投げてきた言葉が気になる。
「珍しい、とは?」
「アンタがここにいること自体さ。ラ……アイツについていったとばかり」
 名を出すべきか躊躇したのだろう、一瞬の間に続けてバルフレアが言う。その間が彼なりの気遣いのような気がして、アグリアスは笑った。
「ああ、そのことか。不思議なことでもない。別に、四六時中共にいるわけではないしな……昨日の話し合いを何も聞いていなかったのか?」
 昨夜、軍議(と言うと、ラムザは嫌がるのだが)で部隊の割り振りが決められた。本隊、斥候、情報収集、調達、儲け話、等々。いつの間にかそれなりに膨れ上がった「ラムザ隊」の面々はそれぞれの役割を担っている。本人の長所短所性格ジョブ等々を把握したうえで部隊に割り振られるのだが、大半はひとつの部隊に固定になる。
 そのなかで、アグリアスは本隊からしばらく外れることになった。ラムザの判断に軽くその場はどよめいたが、続いた彼の言葉にアグリアスを含む全員がげんなりする思いにもなったのだ。
『アグリアス、ここ最近の強行軍でちょっと疲れてるよね。ほんっとうにほんの少しだけど、休んでいて』
 ラムザ本人は真剣に言ったつもりだったのだろうが、どうにも何かがずれているような気がした。過保護、と隣に座っていたメリアドールの呟きに、アグリアスは大いに同意したくなった。
 だから。
『私は、別に』
 疲れているわけじゃない、大丈夫だ──。アグリアスは言いかけたが、言葉を途中で切った。
 自分を見つめるラムザのまなざしは「嘘」をついていた。
 それがどのような嘘なのかは、アグリアスには分からなかった。知らされてもいない。ただ、それほど悪いものではないのだろう──、アグリアスはそう思った。
 そんなふうに思えるまなざし、いや、合図だった。
『……分かった。待機する』
 アグリアスの応えにラムザは大きく頷き、そうして次の話題に移ったのだが──。
「ああ、そういえばそんな流れだったな」
 どうやらバルフレアは話を聞き流していたらしい。
 アグリアスは大きく溜息をついた。
「行動を共にしているのだから、把握はしてもらわないと困る」
「一応、だがな」
 アグリアスの溜息をどう捉えたか、バルフレアは投げやり気味に言った。
「別段、アイツやアンタの思想やら正義感やら立場やらに共感しているわけじゃない。この国のことなんてオレにはどうでもいい……たぶん、オレは異邦人だからな。あの金髪チョコボ頭と同じように」
「クラウドと同じ?」
 アグリアスの問いに、バルフレアは頷いた。
「オレの記憶には大きな穴がある。いや、失った記憶の海に小さな島がいくつか浮かんでいると言ったほうが正しい。自分が空賊だとか、銃の扱いに長けているとか」
「……そういえば、そう名乗っていたな」
 空賊、と言われてもアグリアスにはそれがどんなものなのか、まるで想像がつかなかった。海賊や山賊と同じようなものなのだろうかとも思ったが、違うらしい。同じことを考えたラムザがバルフレアに問うたのだが、きっぱりと否定されたのだという。
「イヴァリース。この単語にも覚えがあるが、それはこの国のことじゃない。オレの勘がそう告げている」
 バルフレアはそう続け、目を眇めた。
「世界。時間。場所。そういったものがおそらくは違う」
「世界……」
 バルフレアの話は突拍子がなくて、アグリアスにはにわかに信じ難いものがあった。かつての自分だったら、洞話だと跳ね除けていただろう。
 だが、今は違う。──信じ込んでいた世界とは別の「何か」を自分は覗き始めている。ラムザと、共に。
「自分が元いた「世界」に戻るために、ラムザと行動していると?」
「そうさ。たぶん、それが一番確実だ」
 聖石。善にも悪にも、不可思議な事象を引き起こす、謎の石。ラムザのもとに多くが集まり、いくつかはその力を発揮した。
 バルフレアはその「奇跡」に期待しているのだろう。
「戻りたいのか?」
 重ねて問うたアグリアスに、バルフレアは素っ気なく頷いた。
「この空には自由がないからな」
「……空に自由?」
 不思議な響きを持ったその言葉に、アグリアスがその意味を問おうとしたとき。
「それは──」
「珍しい組み合わせだな?」
 聞き覚えのある朗とした声をかけられ、アグリアスは自らの言葉を切った。見上げると、そこには酒器を持ったベイオウーフとオルランドゥがいた。
「ベイオウーフ殿、オルランドゥ様」
「よいかね?」
 オルランドゥに訊ねられ、立ち上がったアグリアスは神妙に頷いた。先程の繰り返しではあったが、相手の格が違う。空いていた椅子を寄せ、座面を手巾でさっと拭ってから、オルランドゥに椅子を勧めた。
「そこまでせずともよい。今は上下の差なぞ無きに等しいのだから」
 アグリアスが勧めた椅子に座ると、オルランドゥはそう言って笑った。目線で着座を求められ、アグリアスも座っていた椅子に戻る。
 向かいを見ると、既にベイオウーフも着座していた。その横でバルフレアが何事か小声でぼやいている。
「これなんだよな……」
「これ?」
 辛うじて聞こえたバルフレアの言葉を、アグリアスは拾った。ベイオウーフもオルランドゥも同様に届いたらしく、酒器を掲げたまま怪訝な顔をしている。
「アグリアスのことか?」
 おざなりな乾杯の後にベイオウーフがバルフレアにそう訊ねたので、アグリアスはますます訳がわからなくなった。自分が、何かしただろうか。今までバルフレアと話をしていて、オルランドゥ様とベイオウーフ殿が同席することになって──。
 それくらいだ。
 アグリアスが不思議に思って向かいを見ると、ベイオウーフは誂うような面持ちになってバルフレアを横目で見ていた。そのバルフレアはというと、全員を素早く見回し、舌打ちをする。
「まさか。アグリアスはまあまあだが、好みじゃない。そもそも、「これ」の意味が違う」
「それならよかった。アグリアスに何か仕掛ければ、あれに消されるだろうからな」
 ベイオウーフがそう返すと、高位の二人は呵々と笑った。
 「これ」の意味はまだ分からないが、「あれ」が誰を指すのかはアグリアスにも分かる。「アイツ」で「あれ」。
 何故か火照る頬をごまかそうと、アグリアスは残っていた酒を飲んだ。
「それで?」
 これ、とは? オルランドゥの問いに、バルフレアは渋々という風情で口を開いた。
「アンタ達のことさ」
「バルフレア、さすがにその呼び方は……」
「よい」
 アグリアスは思わずバルフレアを制しかけたが、オルランドゥがそれを退けた。そうしてそのままバルフレアに続きを求める。
「……アイツに対して、アンタ達全員の立ち位置が微妙だとオレは思っている。偏っている、危なっかしい」
「……? どういう」
「ああ、それはそうだろうな」
 バルフレアの言葉を飲み込めなかったアグリアスだったが、ベイオウーフはそうではなかったらしい。アグリアスの疑問を遮った彼は、酒器を置いて腕を組んだ。
「確かに。私も気になっていたが」
 ベイオウーフと同様にオルランドゥも頷く。
 どういうことだろう。
 男三人の意思疎通を前にして、アグリアスは混乱した。微妙、偏っている、危なっかしい。
 立ち位置。
「……」
「アグリアス、こういうことだ」
 黙り込んでしまったアグリアスにベイオウーフが声をかける。
「あれに対して、何か言うことができる奴がいない。あれが頼れる相手がいない」
「え?」
「そういうこと」
 ベイオウーフの言をアグリアスが受け取る前に、バルフレアはベイオウーフを肯定した。
 あれ──、ラムザに対して進言し、ラムザが頼れる相手がいない?
「そんなことは、ないのでは? ラ……彼には多くの仲間がいます。……敵も多いですが」
 アグリアスは辛うじて反論したが、「そういう意味じゃない」と言ったのはバルフレアだった。
「兄貴分がいないってことだ。見れば、ほとんどが同世代だろう。ここの二人は歳上といえば歳上だが。兄貴分にしては……」
「オルランドゥ様はもとより、俺も薹が立っているかな」
 戯けた物言いのベイオウーフに、バルフレアが「立場も違いすぎだろ」とツッコミを入れる。
「団長職だった昔はともかく、今は一介のハンターだが」
「……頼れる、兄貴分」
「そうさ」
 ぼんやりと呟いたアグリアスに、三人が頷く。
 そんなことは考えてもみなかった。アグリアスは思う。
 かつて、敵として見据えていた者がいた。その者がラムザと心を通わせることができたなら──、そんなふうに思ったことはあった。ひとりではない、何人もだ。
 だが、実際にはそれは叶わなかった。……今も、叶っていない。
 仲間は多い。だが、目の前の彼らが言うように、誰かが、何かが足りないのかもしれない。そんなふうに進んでしまった。
 たとえば。……名前を思い出そうとしたが、アグリアスは止めた。
「……駄目でしょうか」
 そのかわり、出てきたのはそんな言葉だった。
「私では……」
「アンタは、少し難しいと思う」
「女だから?」
「いや?」
 即答したバルフレアをアグリアスは睨んだ。だが、バルフレアはどこ吹く風といった表情で、肩を竦めてみせる。すべてを語るつもりはないといった風情で彼は隣のベイオウーフを見やり、説明を求めた。
 ベイオウーフが苦笑する。
「そうだな。アグリアス、あれに君は近い。近すぎる。良くも、悪くも。……いや、良いことのほうが大きいが、それ故に決定的にできないことがある。……ですよね、伯?」
 オルランドゥがベイオウーフの言葉を引き取った。
「其方にはあれを止められないであろう? 小言は言えど、あれが決めた道筋を善と信じ込んでいる」
「そんなことはありません」
 アグリアスの反駁に、オルランドゥが頷く。
「迷い、悩み、選ぶ。あれの道行きに其方は寄り添っている。得難いことだ。其方だけではない、他の多くの仲間もそうさな」
 故に。
「あれには其方を殺せない。其方はあれを殺せない」
「……そんな」
 アグリアスは愕然とした。
 やはり、そんなことは考えてもみなかった。……自分が、ラムザを殺す? ラムザが、自分を……。
「兄貴分ってのはさておき。アグリアス、そろそろアンタはアイツの急所だってことは自覚したほうがいい」
 足を組み直し、バルフレアが言う。いつになく真顔で言う彼に、アグリアスは気圧された。
「私は、彼を信じています。それは、本当のことで」
 卓に置いた両の手でこぶしを作る。
「……ですが、自身の信念を捨てたつもりはありません。自分の道は、自分で選びます。盲信は、しない」
 それが、何かを壊すことになろうとも。
 それが、何かを失う結果になろうとも。
 それが──。
「まあ、それがいいんじゃないか? 当座、あれの兄貴分は俺とバルフレアで引き受けよう」
「……オレはそんなに年増じゃないぞ」
「そうか? そうだとしても、お前には絶対弟分がいるだろう。これは俺の「勘」だ」
 ベイオウーフが片目を瞑り、バルフレアを小突く。
「……そうかもな」
 どこか茫洋とした口調で答えたバルフレアを眺めながら、アグリアスは両の手を開いた。
 手にした剣で切り開いた自分の道。……様々な道を示してくれた、差し伸べてくれた、彼の手。
 自分は、何ができるだろう。
「其方は、其方でよいのだよ」
 かけられた威厳ある声に、アグリアスははっとした。
「兄貴分などでなくとも、急所であったとしても。其方が自身で言ったように、道は自分で選ぶ。それだけでよい」
 せめて、付け加えるならば。老伯は言った。
「この混沌を、生き延びてみせよ。あれと共にな」
 太い笑みと共に告げられたオルランドゥの言葉が心に沁みていく。アグリアスもまた、笑んだ。
「……はい。必ず」


 酒場の喧騒。
 不思議な話。
 断定と覚悟。

 ──誰にも、彼にも。告げることはないだろう。
 そう思いながら、再びこぶしを作った。

あとがき

2023年FFT発売記念話(兼アグリアスさん誕生日記念話)でした。ラムザ隊は若者中心の部隊?ですが、それがどうにも危なっかしくも思えていたので、こんな話を書いてみました。以前書いた「Lament」という話に通ずるところがある話かもしれません。26~28歳くらいの「兄貴分」がいると、ラムザも色々精神的に助かったんじゃないかなとか思うのですが…いないんですよね。ウィーグラフさんがいればまだ違ったかも?と思えど、彼も三十路過ぎだし…。そもそも仲間にならなかったし…。うう。

ちなみに、この考えはFFTの後にプレイした幻想水滸伝(幻水)から自分の中で燻っています。いや、こじらせてる? 幻水2で兄貴分的なキャラが多かったなーといいなーと…いや、それでも2主も結局は楽にならなかったかも…。うーん、難しい。

話は変わって、FFTバルフレアさんは初書きでした。どんな口調だっけ、「ン」の人だっけ?こんなに喋るっけと思いつつ、記憶は抜け落ちているので如何ともし難く、書きましたが…何か違っていたらすみません。でも書いてて意外に楽しい人でした。ヴァンには先輩風吹かせてるバルフレアさんですが、まだひよっこなところもあるからねえ…なんて思いつつ、あとがき長すぎたのでここまで! お読みくださり、ありがとうございました!

2023.06.18