Chocolate Rhapsody

 餌付け。
 そんな言葉が脳裏をよぎったが、認めたくはなかった。馬鹿な考えを打ち消そうと頭を横に振り、すぐに滑稽なことをしていると我に返る。執務室に誰もいないのは幸いだった、そう思いながらディリータは深く息をついた。
 机に置いた籠を眺める。籠には色とりどりの小箱やら紙袋やらがわんさかと詰め込まれていて、それらはやたら小綺麗に包装されているものもあれば粗雑な袋に中身をただ放り込みましたというものもあるという具合だった。混沌、といえるかもしれない。
 籠に手を伸ばし、ディリータはその中のひとつを取った。包みにつけられたメッセージカードを脇に退け、包み紙をひとつ剥がす。そうして現れた謎の物体──それは指先ほどの大きさで焦茶色をしていた──を睨むように眺めると、口の中に放り込んだ。
「……」
 なんとはなしに包み紙を丁寧に折りながら、咀嚼する。ほろ苦く、少しばかり甘いそれは、わりと好きな味だった。木の実が混ぜ込まれているのも良いアクセントになっている。一言で言えば、美味しい。
 だが、ディリータの表情は厳しかった。もうひとつ食べようかなどと悩んでいるわけではなく、先の言葉を思い出したからだ。──餌付け。
 中身はすべて異国から伝わった菓子だ。何故かこの時期になると、側近をはじめとして城に詰める文官武官に侍従達、さらには使用人達に至るまで代わる代わる(そして恐る恐る)やって来ては菓子を「献上」していくのだ。数年前はひとつかふたつだったのだが、今や大きな籠を埋め尽くさんばかりとなっている。
 不思議に思って訊いたところ、「好きな相手や世話になっている相手に菓子を贈る」などという異国の風習が流行っているのだということだった。菓子と同時に風習まで伝わるなんて珍しいとも思ったのだが、それは菓子を売るための「策略」という説もあるそうで、妙に感心してしまった。
 まあ、さらに不思議なのは「何故自分にそれを贈るのか」ということだったりするのだが、それについては──。
 もうひとつ、と無意識に伸ばしてしまった手を引っ込める。扉越しに感じた人の気配が、ディリータをそうさせた。
 次の瞬間には、来客を知らせる側近の声。客の名を聞き、ディリータはますます表情を険しくした。


「それで、餌付け?」
「はじめは取り入るためかとも思ったが、それにしてはあまりに些少な賄賂だと思った」
 投げやり気味にディリータが説明してみせると、やって来た客は「ははあ」と大げさな相槌を打った。
「いいことじゃないか、慕われているだなんて」
 そうして続けた客の言葉に、ディリータは肩を竦めた。
「慕う? 誰が」
「城の皆だよ。「日頃の感謝を込めて」、そう言ってチョコレートを渡してくるんだろう? そのまま受け止めればいいのに、「餌付け」なんて何をひねくれているんだ?」
「……」
 ディリータは答に窮した。自分が考えないようにしている可能性を容赦なくこの客は突きつけてくる。そんなところが今もなお「要注意人物」たる所以だ。
「上級貴族や元老院なんかじゃないのがまたいい。確かに、彼らが贈ってきたらそのときは警戒しなきゃならないだろうけど、その籠の中身は違う。純然たる好意だね」
 言い切ると、客は懐に手を伸ばした。そうして何かを取り出すと、それをディリータに投げてくる。
「それは俺から」
「お前から? バルマウフラからではなく?」
 言いながら、ディリータは手の中の小箱を眺めた。青いリボンが結んである小箱にメッセージカードなぞは添えられていない。
「選んだのはバルマウフラだけどね。ぶつぶつ言いながら結構楽しそうで……そんなだから少し複雑ではあったけど」
 頼まなきゃ俺にはくれないんだから、などと付け加えてくる客にディリータは目線を向けた。言葉と口ぶりとは裏腹に客はどこか楽しそうで、ディリータに胡散臭い笑みをよこしてきた。
 ディリータはその笑みに乗ることにした。口の端を釣り上げ、目を眇める。
「ならば、お前は配達人ということか?」
 わざとらしくディリータが問うと、客は首を横に振った。「ざんねーん」と軽快に返し、小箱を指差す。
「そうだったら俺はお前になんか渡さないよ、これはあくまで俺から。「日頃の感謝を込めて」」
「気味が悪いな」
 気色も悪い、とディリータが言うと、客は笑った。
 その笑みはどこからくるものなのか、どれほどのものなのか。ふとそんなことを思う。この客は、一体何を考えているのやら。
 何かを探しているらしく、たまに城にやって来ては(周囲が簡単に通してしまうため)ふらりと顔を出すようになった。かつて「死んでも断る」とかなんとか決死の表情で言い、こちらを全力で拒絶していたのは何だったのか。そう思ってしまうほど客の態度は軽い。
 だが、その軽さは妙な危うさを秘めている。ディリータはそう思っていた。具体的にそれが何を示しているのか、そこまでは分からないけれども。
「まあ、受け取ってくれ。甘いものは頭脳労働の疲れに効くらしいから、程々に食べるといい」
「……そうさせてもらおう」
 用事は本当にそれだけだったらしく、客はディリータの頷きに「じゃ、そういうことで」と軽く礼をとった。呆気にとられそうになったディリータを置き去りにし、さっさと踵を返す。
「おい」
 扉が開かれる直前、ディリータはその背に声をかけた。机の引き出しを開け、中に入れていた小袋を客に投げつける。
「何だい、これは?」
 難なく小袋を受け取った客はそれを軽く振り、ディリータを見やった。
「「日頃の感謝を込めて」。受け取れ」
 ディリータがにやりと笑ってそう言ってみせると、客は吹き出した。──一瞬の真顔の後に。
「陛下から下賜されるとは、誠に有難き幸せ」
 恭しく礼をとった後に「感謝される覚えはないんだけどね」と客は笑う。
「まったく同感だ」
 客の言い分にディリータは頷き、小箱を掲げてみせた。客はそんなディリータに対して何かを言いたげに口元を動かす。
 一体何を言い出すのやら。その僅かな動きに、ディリータは思わず身構えた。
 だが──。
「菓子を下賜……」
 やがて聞こえてきたのは、くだらないにも程がある言葉。しかも、自分で言って自分で笑っているさまはまさに不気味で。
「馬鹿か」
 呆れ果てたディリータは引き出しの小袋をもうひとつ、客に投げつけたのだった。

あとがき

チョコレートとディリータと客(オーラン)の話でした。オーランがちょいちょい王城に(遊びに、ではないのですが)来ているという設定です。真面目だったりふざけてたり言葉遊び状態だったりですが、オーランとディリータのゼルテニアでのやり取りやエピローグを見ると「こんな光景があっても…」なんて思ったりも。

チョコレートが出てきましたが、本当はFFTイヴァリースでチョコ(というよりお菓子)が潤沢にあるとは考えにくいです。なので、ちょっとだけ上の世界の人達からのささやかなる贈り物という感じになりました。それでもチョコはないとは思いますが…。

余談。「引き出しの中の小袋」の中身は、ディリータが自分で買ってきた夜食用チョコです。スーパーとかカルディとかで好きなの買ってきてほしいという願望です。

2022.02.13