Next Generation

「お断りします」
 にっこり笑みをつくってそう言ってみせると、目の前の「かつての仲間」は渋面を見せたが、次の瞬間には苦笑とともに大袈裟な溜息をついてきた。
「僕は一介の剣士……剣士のつもりですから。騎士の剣は釣り合わないんですよ」
 先んじてもっともらしい理由も述べる。すると、仲間は「そうさな」と引き下がる姿勢を見せた──。

 ことの始まりは、時間潰しに立ち寄ったドーターの道具屋でその仲間とばったり出くわしたところにある。
 二人揃って咄嗟に互いの名を呼びそうになり、慌てて使っていた偽名を呼びあった。誰が聞いているとも分からないから、この判断はとても有用だった。そう思う。
 こんなところでどうしたんですか、と問うと、相手はしばらく逡巡した後に『手持ちの剣を売ろうと思って来たのだが』と答えた。そうして付け加えることには『だが、引き取ってもらえなかったよ』。相手のその答に、カウンターにいる店主を相手の肩越しに見ると、店主は訳知り顔で首を横に振った。
『まあ、そうでしょうね』
 店主の反応はもっともだと思ったので、困り顔の相手に同情はしなかった。とはいえ、相手の行動に驚いたのも本当のところで。
 だから、少し話をすることにした。それに、久しぶり(実際にはそれほど時は経っていないが)の再会も嬉しかったから。

「ラムザ、そなたが受け取ってくれればよかっただけの話なのだが」
「嫌ですよ、僕が持っていても宝の持ち腐れです」
 珍しく晴れ渡った空の下、マーケットに出ていたカフェ(いや、大衆食堂と言うべきか?)のテラス席。食後に出された薬草茶を飲みながらそう言い出した「仲間」に、僕は即答した。
 ううむ、と相手は唸り、そうして「そんなことはないと思うのだがな」と言った。どうあっても、とまではいかないが「できれば譲りたい」とその顔には書いてある。
 けれども、その求めには応じられない。だから、僕は少し声を潜めて相手の名を呼んだ。
「オルランドゥ様」
 前のように、爵位で呼ぶことはもうない。相手は──シドルファス・オルランドゥはその地位を捨てたのだから。
 旅をしていた頃には「シド、と気楽に名で呼んでくれ」と彼はよく言っていた。けれども、それに応えた仲間はごく僅か。……いや、ムスタディオくらいだったかもしれない。それでもさすがに呼び捨てにはできずに「シド様」とか「シドさん」とか呼んでいて、「さん付け」のときにはアグリアスが睨んでいた。
 今となっては、僕も彼を名前で呼んでもいいのだとは思う。でも、それは感覚的になんとなく難しかった。
「何かな?」
 次の手を考えていたのだろう、オルランドゥ様はたくわえた髭をしごいていたが、僕の呼びかけにこちらを見た。
「手放したいと思われたのは、何故ですか? あの剣は貴方にこそふさわしい……というか、貴方でなくては御せないと思うのですが」
「ふむ」
 オルランドゥ様は僕の意見に耳を傾け、そう相槌を打った。そうして目を細めると、「確かに」と頷く。
「そなたの言うとおり、あれには気難しいところがある。儂とて若い頃には幾度となく振り回された……。使いこなせるようになるには時間もかかるであろうな」
 だが。オルランドゥ様は笑って続ける。
「手放す理由は簡単だ。そろそろ次の代に引き渡す頃合いだと思っていたがゆえ」
「……だからといって、売りに出そうというのは軽率ですよ」
「ははは、誰も貰ってくれなかったからな」
 オルランドゥ様の真の思いには答えられずに、僕はとぼけてツッコミを入れた。そのツッコミの意味するところを正確に汲み取ってくれたのだろう、オルランドゥ様が呵呵と笑う。その太い笑みに憂いは見当たらない。
 消えるつもりなのだ。
 死ぬ、とかそういう意味合いではなくて……、もっと深い意味合いで身を沈めようとしている。名を捨てる、とでも言い換えられるだろうか。でも、それも少し違うような気がする。
 ともあれ、その前に、と彼は思ったのだろう。あの剣は自分ひとりのものではない、そう思って手放そうとした。
「本当は、渡したい相手はいたのだよ。難しいとは分かっていたが」
 ひとしきり笑ってから、オルランドゥ様は僕を見つめた。僕の後ろに誰かを見るような、そんなまなざしで。
 誰だろう。そう思ったのは一瞬で、答はすぐに出せた。
 まず、僕ではない。それから、次代に渡すという意味でいえば、父さんでもない。僕に何かを見ているということは、まったくの第三者でもないだろう。妹か?と思いもしたが、彼女は剣を持たない。
 となると、兄二人のうちのどちらかだろう、そう当たりをつける。先の戦争ではオルランドゥ様と肩を並べて鴎国と戦ったことがある兄上達。ひとりは、魔法も統べる軍師として。そして、もうひとりは。
「わが兄、ザルバッグですね」
 僕の答に、オルランドゥ様は重々しく頷いた。
「彼はまったくの騎士だったゆえ、この剣にふさわしいと思っていたのだよ。そして、まさしく次の世に生きる者だった」
「……ええ」
 僕から見れば、ザルバッグ兄さんは「今」の人だった。けれども、オルランドゥ様から見れば、彼は「未来」の人だったのだろう。
「オルダリーアと和平を結んだ仮初めの祝いの席で、私は彼に提案を持ちかけた。いや、嘆願したと言うべきだな。……どちらにせよ、彼は笑って断ったが」
「そう、ですか」
 なんとなく、分かるような気がした。
「彼いわく『自分にはまだ早いのです』とのことだった。常勝無敗、守護神と称えられているが、それは単にそういう局面に居合わせていただけのことで、その言葉に見合った力は持ち合わせてはいないのだと」
 それも、分かるような気がした。ザルバッグ兄さんはまっすぐな人だったから、謙遜ではなくて本当にそう思っていたのだろう。
「『いつか必ず受け取ります』と彼は言っていたが、今となっては無理にでも持たせておけばよかったと思っている。そうこうするうちに、結局機を逸してしまった」
 イヴァリースは二匹の獅子によって分かたれた。兄は北天を率い、オルランドゥ様は南天の頂にあった。
「もしも……。そう、もしもすべてが丸く収まって、真実を知った兄も生き残ったとしたら。そのときは、きっと喜んで受け取ったことでしょう」
 次の世代として、という意味合いだけではない。国を護る者達が再びひとつの想いのもとに連なる、その象徴として剣を受け取ったに違いない。
 でも、現実は違う。戦は終わったが、兄は亡い。
「そうさな。儂もそう思う」
 オルランドゥ様は目元に刻まれた皺を深め、微笑んだ。


「代わりでないことは分かっていますが、それでも僕に渡すというのはナシです。……さて」
 夏至に向かおうとしているこの頃の陽は長い。いつの間にかかなり話し込んでいたが、服屋に置いてきた(僕が放っておかれたともいう)妹がそろそろしびれをきらす頃だろう。探しに出ているかもしれない。
 話を切り上げようとしていることに気がついたのだろう、オルランドゥ様が懐に手をやった。あ、と思う間もなく、通りがかった店員に代金を渡す。
 ──しまった。
「奢られてくれるな? 今生の別れであろうから」
「……そう言ってみても、きっとまたばったり会いますよ?」
 そんなふうに返すと、オルランドゥ様は「それもまたよいな」と神妙な顔になった。内心では信じていないのだろうが、可能性がひとつ増えたのかもしれない。
 僕も信じていなかった。今度こそ、これが別れだろう。……たぶん。
「剣のことですが」
 カフェを出て、少しだけ歩く。ふと思いついて、僕は隣を歩くオルランドゥ様に話しかけた。
「何かね?」
「オルランドゥ様がよろしければ、「英雄」に渡すという手もあるのでは?」
 実名は出さずにそう言ってみたが、オルランドゥ様には勿論分かったらしい。
「それもひとつの手として考えたのだが、果たして受け取ってくれるであろうか?」
「思いませんね」
 僕は笑った。幼馴染は生真面目なところがあるから、何かと理由をつけて断るに違いない。……それに、今の彼には瑣末事に囚われる余裕などない。つい先頃、彼は大切な人を失った。
「いつか、押し付けてください」
「……いつか、という言葉にはもう懲り懲りなのだがな。ああ、それならば」
 オルランドゥ様は足を止めると、剣を鞘ごと身から外して僕に差し出した。
「そなたが預かってくれたまえ。いつか、その時が来るまで」
「……」
 すぐには何も返せずに、僕はオルランドゥ様を見つめた。
 いつか、その時が来るまで。その時が、来たら。
 オルランドゥ様がどこかで信じている、未来が来たら。
「これは命令などではない。共に戦った「仲間」としての願いだな」
「……それなら、引き受けます」
 差し出された剣を受け取る。感じた剣の重みと温かさに、心が震えた。

あとがき

オルランドゥ伯誕生日(11/10らしいです)記念話として「剣が売れずに途方に暮れる伯の話」という伯視点の話を書いていたのですが、どうにも話が進まなかったのでラムザに後を託し?ました。時系列としては「獅子戦争終結の年の夏至前」としています。なので、「少し前に解散したばかり」状態ということで「懐かしいも何もあったもんじゃない」といった具合です。書いているうちに結局はエクスカリバーを受け取ってしまいました。

伯とラムザの話でしたが、最近少しザルバッグ兄さんについて考えるのが楽しいというかおいしいというか…。五十年戦争とその後の話とか、何があったかなあと思うと、妄想が膨らみかけています。書く機会が出るかどうかはわかりませんが、楽しいですね!

2021.11.13