第20回 滑り落ちた花束

 前回のコラムで、エンディングにおけるディリータとオヴェリアについて触れました。しかし、その推察は不十分と自分でも思い、また討論相手の友人の声もあり再度「ラストエンディング考」。

 さて、前回書いてみて、いろんな人の意見を聞いて思ったよりいろんな解釈が(クリアしたときから分かれてましたが)あるんだなということが分かりました。で、それと同時に私も実際に最近クリアしてみて思ったことが、以前と違うかもしれないということも。
 たとえば、ミュロンドでのラスボスの後の爆発のシーン。それからエンディング前半でのオーランの言葉、ムービーでのアラズラムの後書き。いつもながらにして思うこと、今回新たに思ったこと……ディリータとオヴェリアのことも未だに「?」は出ているのですが微妙に解釈が変わってきました。

 それらいわゆる「エンディング考」については後述することにして、まずは本題に帰ってそのエンディングをト書きにしてみようと思います。

話手等 セリフ・動作
教会跡 春のゼルテニア教会跡。オヴェリアが物憂げに佇んでいる。
と、そこへチョコボに乗ったディリータが登場。(畏国王ディリータ)
しかし気付かないのか、オヴェリアはディリータに背を向けたまま。
ディリータ 「やっぱりここにいたんだな。皆探してたぞ」
  ディリータ、チョコボを降りてオヴェリアに近寄る。
オヴェリアはなおも無言で背を向けたまま。
ディリータ 「ほら、今日はおまえの誕生日だろ?この花束を…」
  オヴェリア、言葉を遮るように振り向きざまにディリータを刺す。
ディリータ、持っていた花束を落とす。
ディリータ 「オ…オヴェリア?」
  戸惑いの表情を見せるディリータ。
自らを刺した短剣を抜きオヴェリアに向ける。
オヴェリア 「そうやって皆を利用して!」
  オヴェリア、吐き捨てるように言い、1歩下がる。
オヴェリア 「…ラムザのように、いつか私も見殺しにするのね……!」
  少しの間の後にディリータ、オヴェリアを刺し返す。
声もなくその場に頽れるオヴェリア。
  ディリータ、よろよろと後退し剣を落とす。
呆然とそのまま数歩歩き、その場にうずくまる。
ディリータ 「ラムザ…おまえは何を手に入れた?」
  ほんの少しの間をあける。
ディリータ 「オレは…」
  小鳥のさえずりの中、暗転。

 まず分かったことは、「ディリータはオヴェリアを刺し返している」ということ。オヴェリアさんが自分を刺した短剣をすぐさま抜き返し、ディリータはオヴェリアの言葉の間中それを彼女に向けています。
 逆にやっぱり分からないのはオヴェリアのセリフの出所。何か矛盾がある…ディリータと同じようにプレイヤーも「え?な、なんか悪いことした?」と思ってしまいます。

 一番最初にこのシーンを見たとき、「愛憎劇なんだな」と思ったSarururuでした。人の流れが歴史を動かすというのがテーマのFFTにあって、あたかも人形のように操られてきたオヴェリアの唯一人間らしい一面が出ているのかもしれません。皮肉なことですが、このEDを見た瞬間に私たちは彼女のキャラクターを掴めるのではないでしょうか。

 だけどね、やっぱり思うんですよ。ディリータは本当にオヴェリアのことを利用しただけなんでしょうか?多分、私たちはそうとは受け取らないんじゃないかと思うんです。そして、だからこそオヴェリアのあの行動は予測がつかなくて。あの一瞬でディリータは今まで手に入れてきたものを(感覚的に)全部奪られた感覚にも陥ったような…そんな気がします。

 もちろん結論は人によって異なりますが、いずれにせよこのEDでFFTは終わるわけです。ハッピーエンドでなかったのは、先にも書いた「人形ではない「人」という姿のひとつ」を見せたかったのかな…と思います。ディリータとオヴェリアの間というのは(多分)そこで終わってしまう。終わってしまうが故に通り過ぎた2人なのでは。そして、それもまたひとつの形……かな?救われるところが何もないのが悲しいところですが。

 けど、オヴェリアさんに言いたいのは、「ディリータはそんなんじゃなかったんだよ」ということ。私がディリータのファンだからというわけじゃなくて(いや、それもあるんだけど)、ディリータがオーランと、そしてラムザに語った言葉。どちらかを信じてくれ、といわれたら私は「オーラン<ラムザ」です。結果的にディリータはラムザには嘘をついてません。もし、オヴェリアがラムザとディリータの話も立ち聞き出来ていたら、ほんとにこんなことはなかったのにな……とちょっと溜息です。

1999.04.27