宵月

「……日が暮れるのが早くなってきましたね」
 互いに多忙な日々のなか、久方ぶりに共に過ごせる喜びを分かち合いながら、とりとめもない話をしていた。話は、近況から連想するように過去へ飛んだり、未来へと向かったり。見聞きしたこと、噂話も含めて、話は尽きない。我ながら饒舌になってきているかもしれない、とディオンが思った頃だった。
 ふと窓の外を見やり、テランスが言う。
 テランスの言葉に、どこへ行くでもなく過ごした「休日」ももう終わりか、とディオンは苦笑した。と同時に、テランスの言葉を追って視線を窓へとやった。
「そうだな、また季節が巡る。……秋が来て、冬が来て」
「これからも年は積み重なっていく。世界にも、貴方にも、私にも、等しく」
 嬉しくてたまらない、といった声音で言うテランスに、ディオンは目を細めた。
 立ち寄った宿で取れた部屋は西向きだった。故に、つい先ほどまでは暑さを感じるほどの陽射しが入り込んでいた。しかし、いつの間にかその陽も山の向こうに消え、少しずつ夜が始まろうとしている。
 耳をすませば、階下の賑やかさが聞こえた。どこの都市でもあるように、酒場が併設された「普通」の宿を二人は選んだ。理由はなんということはない、増え始めた旅客でどの宿屋も満員御礼で、この宿しか残っていなかったからだ。しかし、予約の取り消しが出た直後に訪ったという運の良さも相まって、なかなかの良室を案内された。
 それが昨日のこと。
 誰にも気付かれない場所で、と願ったのは己だったか、彼だったか。過ごす機会も徐々に減った隠れ家ではなく、仮の住まいとしている某地でもなく、どこかで。誰に憚ることもなく、二人きりになりたいと思った。
 その願いを叶えるべく――即ち、休暇をもぎ取るために奔走したのもそれはそれで充実していたと思う。周囲にも少なからずの影響を与えてしまっているが、「上が休むと、下も休めるんだってさ。迷惑かけてるなんて思っちゃいけないんだって。アタシにもそう言ってくるんだよ、うちの連中」と前に隠れ家のダンジョンで言っていたミドに倣い、開き直った。
 少しばかりの遠出に乗じた「旅」をして、目的の街で気ままに過ごした。宿を探す羽目になったのはちょっとしたハプニングではあったが、それすらも楽しかったと思う。
 酒場で食事を摂りながら酒を少し入れて、部屋に戻った。そのときにあろうことか「少し疲れたな」などと己が言ってしまったものだから、過保護な恋人に「まずは休みましょう」と寝台に押し込まれた。己の発言をディオンは少し、いや、だいぶ後悔していた。不覚だった、と思う。
 翌朝、つまり今朝までしっかりと寝入って、朝鳥のさえずりで目が覚めたときも同じ思いだった。いつのまにかテランスに抱き枕にされていたのも不覚といえば不覚で――勢いのままに、まあ、襲ったのだが。
 そうこうしているうちに陽はすっかりと高く昇ったらしく(とはいっても西向きの部屋だからよく分からないのだが)、街に出向くのは億劫でもあったのでそのまま部屋で過ごした。今こうしているように。
 傍目には脈絡なく思えたのだろう。ふふ、と思い出し笑いをしたディオンにテランスが不思議そうな顔をした。
 陽が消え、夜が再び訪れようとしている。「休日」もこの夜で終わりだ。だが、こういった日はまた訪れるだろう。それを思うと、やってくる難事もきっと乗り越えられる。
 そうして、季節を巡らせ、年を重ねて。……それがどれほど喜ばしいか。
「ディオン」
 テランスに呼ばれ、ディオンは彼に視線を移した。カウチソファに寝転がるようにしていたディオンにテランスが覆い被さる。数度の軽い口づけの後に、目線で伺いを立ててきた彼にディオンは笑った。
「早くないか? 月もまだ見えないのに」
「この部屋は西向きですよ? 今宵ならばそろそろ月の出ですが」
 夕闇のなかでテランスも笑う。笑みの向こうに彼の欲を感じてディオンは両腕を彼の背に回した。一度強く抱きしめ、離す。
 このまま睦みあってもよいが、と思いながらテランスを退けてディオンは起き上がった。せっかくなら、しっかりと感じたい。癒したいし、癒されたい――、そう思った。
 そのためには、と窓辺に寄り、鎧戸を閉めようとしたディオンをテランスが背後から抱きしめた。
「テランス?」
「閉めなくていいよ、そのままで」
「だが、これでは――」
 外から見えてしまうのではないか、と危ぶみの言葉はテランスによって飲み込まれた。



「……ん」
 熱のない光を感じ、ディオンは目を覚ました。
 瞼裏に白い光を見たのだ。いつかどこかで見た――己が放ったもののような眩しいものではなく、穏やかで優しい光。導かれるように、意識が浮上した。
「ディオン? 起こしちゃった?」
 目覚めに気付いたのだろう、此方に身を寄せていたテランスが囁き声で訊いてきた。労り深い声色が心に沁みる。
「……いや、自然と目が覚めた」
 身を起こし、ディオンはそのまま寝転がっているテランスの頭を撫でた。どうしたの、と笑う彼に、どうもしない、と答える。撫でてみたかっただけだと告げ、光の正体を追った。
 窓の外、西方に月が見える。果実のような月。
 熱のない、白の光。その横にあった赤星は今はもうない。ただ、静かに月は輝いていて。
 綺麗だ、とディオンは思った。
「……やっぱり、思った通りだ」
 ぼう、と月に見入っていたディオンにテランスが声をかける。ん?と振り向くと、テランスもまた身を起こした。背中から抱かれ、肩口を吸われる。
「……ッ、テランス?」
「宵月の光に君を見たかった」
 だから、鎧戸は邪魔だったんだと種明かしをしてきたテランスは、そのままディオンの耳元で囁く。
「きっと、綺麗だと思ったから」
「……面白いことを考えるな」
 腹の前で緩く組まれていたテランスの手が蠢き始める。もっと、と求める彼は本当に珍しくて、ディオンは幸福を感じた。向き合い、テランスの膝に座る。わずかに口元を開いたままでディオンが口づけると、テランスはすぐに応じた。
 間近で聞こえる水音。荒くなる呼吸。伝わる鼓動。互いを求める心の声さえも聞こえるようだった。
 月が消えるまで、あともう少し。
 ――宵月の光が二人を包み込んでいた。

あとがき

「夜語り」第5弾です。隠れ家からも離れて本格的に活動し始めたディオンとテランスの休暇のお話でした。そんなわけで、妄想捏造世界です。
月明りのディオンは綺麗というか、ずっと眺めてても(テランスは特に)飽きることがないだろうなあと思いながら書きました。書いていたら年齢制限ひっかかりそうな展開になりました…。ひっかかってますか、既に…?

2024.08.17