最後の手紙

「この報告書だが、付け加えたい箇所がある」
 聖竜騎士団仮本部の作戦室に――とは名ばかりで運良く被害を免れた宿の大広間なのだが――集った上層部へディオンは言った。
 手には、テランスをはじめとした何名かで記された「報告書」がある。――反乱前夜からツインサイドが灰燼に帰すまで、そしてその後の混乱についても(これは現在進行形のため、ある時点で区切られたのらしい)言及したその報告書は、すべての元凶が不在だったために精度を欠いたものになっていた。願望にも似た推測で事象を記してしまっている箇所もあったが、最も見慣れた筆跡は憶測を交えずに事実を正確に記していた。
 テランスが担当した範囲の報告書を、ディオンは彼の目の前で読んだ。その内容に心から安堵した。彼ならば、このように書く。公私の区別をつけることは勿論、事実を曲げるような真似はしない。……それが彼の心に背いているとしても。
 報告書を読み終え、ディオンはテランスを見た。テランスもディオンを見ていた。荒れ狂う感情を押さえつけているような表情で。
 問い質してもよかったのだ。詰ってくれてもよかった。彼という存在すら忘れてしまっていた己を、罵倒してもよかった。
 寧ろ、望んでいた。ディオンは思う。彼が己を捨て去ることを。
 だが、一拍の間の後、彼は報告書を奪い取って放り投げてしまうと、ディオンを抱きしめた。強く、強く。早鐘を打つような鼓動が伝わり、砕けてしまうのではと思うほどの歯軋りが聞こえた。
 ディオンは彼を抱きしめられなかった。投げられてしまった報告書を横目に見、次いで彼の肩口に頬を寄せた。抱きしめ返したいと暴れる心のかわりに、それだけを許した――。
「承知いたしました。筆記具一式をお持ちします」
「礼を言う」
「有難き幸せでございます」
 準備のために補佐官が退室するのを見送った後、ディオンは全員を見回した。最後にテランスに目線を置く。
 生真面目な表情を崩さず、「普段のテランス」がそこにはいた。それが何故か微笑ましく、愛おしく、懐かしくも思えて、ディオンは気取られぬように嘆息した。
 そう、懐かしい。彼は、己にとって「幸福な過去」となった。未来を得ない、最後を見据えることになるだろう己の道行き。罪深き身が浴びてはならない光。……だが、過去を思うことくらいは許されたかった。


 ――夜半。
 「就寝」を促しにテランスがやって来る前に、ディオンは報告書の最後の頁を破った。
 別れの言葉を書こうと思ったのだった。そう、別離を告げる最後の手紙を。
 紙片を前にして、ディオンは考え込んだ。何を書いても言い訳にしかならない。真実は伝わらない。そう思い、生まれて初めて手紙というものの無力さを知った。
 初めて彼に手紙を書いたとき。はにかむ彼から手紙の返事を貰ったとき。唯一の存在に送った渡した多くの手紙は、他愛もないことしか書かなかったように思う。……そういった感情とは縁遠い、今。
 ディオンは深呼吸した。そうしてすべての想いを紙片から遠ざけ、偽りと真の願いを記す。
 この想いが、届かないことを願って。この祈りが、届くことを願って。
 インクが乾くのを待ち、二つ折りにする。徐々に近づいてくる彼の気配を感じながら、メイルにそっと紙片を忍ばせた。

あとがき

スマホで書いてポイピクに投稿した作品です。一覧のキャプションに書きましたが、「LOGOS」紹介動画の影響(と書いてダメージと読む?)で書いたのですが、以前書いた「Voices」のなかにある「掠れた手紙」の前の話にあたる作品でもあります。今気付いた。

手紙とかカードとか折に触れて渡し合っているといいな…などとも思っていて、ちょっとだけ触れたそういう話も書きました(A Bookmark and Twelve Cards)。よろしければあわせてぜひに。

2025.08.31