許されるということ

 風に乗って、かすかに潮の香りがする。黄金色の麦穂が、波のようにうねる。
 夕陽に照らされて、きらきらとクリスタルは輝き。
 白亜の城の、その背を抱いていた。

 閃光が、多くを薙ぎ払った。声もなく、多くが消えた。音にならない数多の哀願が、波のように散った。
 闇に、きらきらとクリスタルは輝いて。
 花となって、そうして。

 ――断罪を。
 聞こえないはずの声が聞こえた。
 ――罪を、この命で贖う。
 悲しみを帯びた声。でも、どこか平坦だった。

 本当に? それが……それこそが、貴方の、君の。

 ……本当に?


 それは、何かの拍子に浮かんだ問いだった。そして、できるだけ見て見ぬふりをしてきた願いでもあった。
「……許される、ものなのだろうか」
 薬草を選り分けていたはずの手をついに止め、テランスはぼうっとした思いで呟いた。
「え?」
 呟きを聞き取ったのだろう、向かいに座っていた少女が同じように手を止める。二人の手が奏でていた乾いた音もまた、止まった。
「突然、どうしたの?」
「あ……。いや、なんでもないよ」
 問われたテランスは己の失態を悟った。「普段の」「生真面目な」「落ち着いた」表情を素早く取り繕ったが、この少女にはまるで無意味なようだった。
 自分の数倍の速さで選り分けていたから、少女の手元の薬草は整然と揃っていた。それを崩さぬように端へ押しやって、少女は両肘を卓についた。
 はあ、とそうして溜息をつく。
「テランスさん」
 年の割に、とその声色にテランスはいつも思う。苦難を多く知っているのだろう少女は、大人びた落ち着いた声でテランスを呼ばわった。
「……何かな」
「ちっとも、なんでもなくないの」
 小さな子どもに言い含めるように、少女は言う。
「なんでもない人は、そんなこと言わない。そんなふうに、そんな顔をして言わないの」
「……」
 たぶん、だけど。
 黙りこんでしまったテランスに微笑み、少女は手を伸ばした。まだまだ選り分けられていないテランスの担当分の薬草を手に取り、「それで?」と再び問うた。
「テランスさんは、何か悪いことをしたの? とてもそうは見えないけどな」
 私を助けてくれたし、守ってくれてるし。ちょっと過保護なくらいだけど。
 何かの口上のように続けた彼女に、テランスは苦笑した。
「キエル、私が君を守っているのは」
「『私の主に、恩人である君を守ってくれと命じられたから』。もう何度も何度も聞かされたよ、それ」
 はあ、とキエルはまた溜息をつくと、テランスを軽く睨んだ。そうしている間にも、薬草はどんどん選り分けられていく。
「……事実だからね。私が本当は悪者なのも、そう」
 薬草をすべて取り上げられて手持ち無沙汰になったテランスは、椅子の背もたれに身を預けた。
 ギ、と軋んだ音がした。
「また、そうやって」
「何もできなかったんじゃない。何も、しなかった」
 軋んだのは、何なのか。軋ませたのは。
 咎めの響きで声を上げたキエルを遮り、テランスはとりとめもなく呟いた。
「見ているだけだった。守っているだけだった……守られているだけだった。分かっていたのに、気付いていたのに、何も」
 誰よりも大切な、大事な、あの人を。
 本懐を遂げさせたいと思ってしまったあのときの自分を呪いたい。何も言い返せなかった、引き下がってしまったあのときの自分を殴りたい。
 もしくは、誰も追いかけてこないだろう外つ国にまで連れ逃げてしまいたかった。
 ……そんなことをしても、あの人は喜ばなかっただろうが。
「それがテランスさんの罪? だから、許されたい?」
 沈んでしまった悲嘆の海から掬い上げるように、キエルが問いかける。その問いに、テランスは緩く首を横に振った。
「それは思わない。……ただ、私ではなくて」
 自分だけではなくて、否、おそらくはあの人も。
 ……悲鳴のような咆哮ですべてを光に沈めてしまったあの人は、きっと。
「きっと、許されたいとは願わなかったと思うんだ」
 空に浮かんだ黒い塊に向かう翼を見た、そんな噂話を聞いた。あの人だ、彼しかいないとすぐに分かった。
「けれど、……だからこそ」
 黒塊は数多の光の欠片となって消えた。そうして戻ったのは星月夜。夜明け。青い空。
 戻らなかったのは。……噂話の先にある、紡がれた物語。その信じたくない結末は。
 直視できない現実。目を背けたい未来。
 君がいない。その事実を受け容れたくない。
「許されるものなのだろうか、と。願わずとも、叶うものなのだろうかと」
「分からないわ、それは」
 きっぱりと言うキエルに、テランスは微笑んだ。そうだね、と頷き、いつの間にか握りしめていた両の手を開く。
 分からない。確かに、そうだった。
「誰かが言っていたの。過去は変えられない、未来は見えない、分からない。だから、今を走るんだって」
 テランスさんも。私も。
「……そうだね」
 その言葉を刻み込むように、何度もテランスは呟いた。頷いた。
 過去は変えられない。未来は分からない。
 だから、今を。君が僕に託した、今という時代を。
 多くをこれからも揺れ惑うだろうけれど、それでも。
 少女が薬草を束ねる乾いた音を聞きながら、テランスはそっと目を閉じた。

あとがき

オリジン消滅後のテランスのお話。キエルと共に難を逃れたとは思うのですが、ディオンのことを想って相当苦悩しただろうなと。実際はもっと気丈に振る舞うのでしょうが、ディオンを少しだけど知っているキエル相手だと本音が出るかも。

タイトルとやり取りの元ネタはFF7ACのクラウドとヴィンセントのやり取り。クリア前後に何故か頭にちらついたのです…。

追記(2024.10.28):再録本発行にあたり、一部修正しました(加筆はしていません)

2024.02.04 / 2024.10.28