同人誌「なんでもない日々」サンプル

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  1. 六日目を告げる真夜鐘の後で(サンプル ※全文)
  2. 一日目(サンプル ※途中まで)
  3. 二日目
  4. 三日目
  5. 四日目
  6. 五日目
  7. 六日目の朝まだき
  8. その先の未来

六日目を告げる真夜鐘の後で

 閉め切れてはいなかった扉の隙間から、居室に灯したままだったクリスタルランプの光が細く入り込んでいた。
 ほのかに青みを帯びた光は、眩しくはなかった。ただ、心地よい闇に包まれたこの空間をはじめから覗き込まれていたようにも思えて、ディオンは僅かに顔をしかめる。ランプを灯したのも、敢えて消さなかったのも故あってのこと。しかし、寝室の扉を閉めそびれたのは不注意だったといえるだろう。自室の外で彼がどう衛士に対応したかは不明だが、とそこで考えを中断した。
 差し込む光で、ぼんやりと辺りの様子が分かる。そう、隣で眠る彼のことも。
 久々に、寝顔を見る。それが少し嬉しくて、思わず頬が緩んだ。――常ならば、こうして共に眠りに就くことなどないのだから。
 正確な刻限は分からないが、時は未だ夜の範疇だろうとディオンはそう当たりをつけた。そうとはいっても、彼が此処にやって来た時には真夜鐘が鳴り終わった後だったから、あれから数刻ほどといったところか。寝入ったのは半刻にもなっていないかもしれない。
 己を抱きかかえたまま、束の間の休息を得ている彼。その眠りを遮りたくはない、と理性では考えつつもディオンは身じろぎをした。
 彼の鎖骨に口づけ、そのまま吸う。少し考え、首筋にも。痕付けのためにややきつく吸ってみると、んん、と小さな呻き声。その声に未だこわばっていた心が解け、ディオンは彼の耳朶を舐めた。
 名前を呼ぶ。そして――。

一日目

 ――時は遡る。

 ディオンの朝の身支度の手伝いを終えたテランスが珍しく大きな溜息をついたので、ディオンはくつりと笑んだ。
 ふたりきりのときだけだ、こうしてテランスが自らの負の感情を表に出すのは。しかも、分かりやすい形で。
 半ば「公」であるこの時においては、珍しいことかもしれないが。
「往生際が悪いぞ、テランス? 離れ難いか?」
 カフスの位置を確認しながらディオンはテランスに言った。見ると、テランスは叱られた子犬のような目で此方を見ている。だが、そのなかには芯の強さも見えた。
「勿論、それはそうですが。……何故、私が貴方のお傍を離れてまで演習に」
「それは、其方が親衛兵長だからであろうが」
 ディオンが言うと、テランスは言葉に詰まったようだった。眉根を寄せ、それから、自身に言い聞かせるように再び溜息。ふるふるとかぶりを振って、切り替えを図る彼に、ディオンは近寄った。
「本当は私も行きたかったのだが……というより、行くべきなのだが、な」
 ザンブレクの皇国正規軍およびディオンが先年に設立した聖竜騎士団、さらにその内部に設置してある親衛兵隊の合同演習が明日から始まる。テランスは聖竜騎士団および親衛兵隊の代表として兵を率いる役目を帯びていた。幹部総意の推挙に押される形で任命したのだが、少し失敗したかもしれない、とディオンは思う。時期をずらし、己が総指揮を執る形のほうがよかったのではないか。
 だが、演習の時期をずらすことは難しかった。ウォールードとの戦を間近に迎えようとしている今、後ろに倒すわけにはいかない。かといって、ディオンが今この場を離れるわけにもいかなかった。
「神皇猊下への定例の拝謁がございましょう」
「……ああ」
 目元を無理に和ませてテランスが言う。それに頷き、ディオンは「儘ならぬ」と呟いた。
 神皇への「拝謁」は、ディオンにとって複雑な想いを齎す。
 軍事に携わる上層部として、軍備の報告。
 バハムートのドミナントとして、己自身の状態の報告。
 政治そのものには関わらない(関われない、ともいうのだが)身としては、拝謁の際で告げる言葉はそれだけだ。今回の場合は、これから行われる軍事演習の概要を説明するくらいで、ディオン自身のことはといえば「至って問題ありません」で終わるのではないだろうか。本当は、腕が少しく痛むのだが。
 賜る言葉は何だろうか。飛竜草の登場はあるのだろうか。
 ……戦況を考えると、今回の拝謁では何もないのだろう。
 ほんのごく僅かな期待と、圧倒的な諦念のほかに、最近は己が内に醜い感情を抱くようになった。神皇后の存在がそうだ。彼女――売国奴の権勢は次第に強大になっている。日和見な連中が多いがために移ろいやすい宮廷の権力抗争を忌々しいことに利用し、侵略を試みているのだ。
 今はまだ、とディオンは思う。頼りなくはあるが元老院も機能し、父である神皇も血の気の多い神皇后の「意見」をいなしてはいる。星詠みによる神託もそれほどぶれてはいない。あの女が星詠みを利用するなどという、考えたくもない最悪の展開には未だ至っていない。
 諦念を抱いている場合ではない、と己の考えを叱咤する。彼女の動向を注視すべく間者を放ってはいるが、此方側にも「草」はいるのだろう。聖竜騎士団を取り巻く様々な利害関係者は勿論、騎士団内部にも存在しているかもしれない。
 ――己が不甲斐ないから。
「眉間に皺が寄っていますよ、ディオン様」
「……何だと?」
 思考を中断させるように声をかけてきたテランスが、整えたばかりのディオンの襟元を直す。そのまま額を合わせてきた彼に、ディオンは肩の力が抜けるのを感じた。
「何かあったら、必ずお知らせください。何をおいても馳せ参じます」
「何もないさ。其方こそ、正規軍の軍隊長達に揚げ足をとられぬように」
 常のように軽く口づけを交わし、二人は無理やりに微笑んだ。



 合同演習に向かう面々の前に立ち、ディオンは激励の言葉を述べた。正規軍とは本拠地が違うため、現地で合流することになっている。
 代表としてテランスが出立の挨拶をした。型通りの挨拶ではあったが、芯の通った声は耳に心地よい。最後に敬礼をしたテランスと、それに続いた団員達にディオンは頷いてみせ、それで出立式は終了となった。

§  §

「ウォールードの動静は?」
「正規軍と此方の情報は一致しております。兵站に怪しげな動きはありますが、今すぐ何か起きるという状況ではないかと」
「そうか」
 昼食会という名を借りた聖竜騎士団の幹部会合にてディオンの問いに答えたのは、首席参謀だった。元は正規軍の諜報部に所属していたが、聖竜騎士団の設立に際してディオンが直接口説いて引き抜いた人員の内のひとりだ。諜報の手腕も見事だが、整然とした思考と年の功による老練さ(といっても不惑を越えたあたりだ)を買って参謀に配した。本人も正規軍での出世は特段望んでいなかったようで、「転職先」で意欲を見せてくれていた。
 己に忠誠を誓うと同時に崇拝気味の者が増えてきてしまった騎士団内において、幹部達には抑え役に回ってもらうことも多い。鷹揚に構えきれずに突っ走る傾向がある我が身についても然り。情けないことだが、彼らにはかなり助けられているとディオンは思う。
 若いうちはそれで良いのですよ、と前に笑ったのは、テランスと共に演習に向かった第二部隊の部隊長だ。「それが」の誤りだろうが、と厳めしい顔で「ツッコミ」とやらを複数の幹部が同時に入れた。
 幸いなことに、上層部の人材には恵まれた。後は、目立たない程度に権勢を拡大していきたいところだが、軍資金が若干不足しているのが難点だ。
 話題もその方向に入り、事務次官がディオンに話を振った。
「殿下――失礼いたしました、団長には明日の昼餐にお出でになるお偉方の御説得をお願いいたします」
「相分かった、吉報を待つがよい」
 茶目っ気を出してディオンが片目を瞑ってみせると、事務次官は大きな溜息をついた。他の幹部達も何故か目を逸らし、幾人かはぶつぶつと何かを呟く。
「? 何か妙なことでも?」
 彼らの不自然なそぶりにディオンは首を傾げた。やはり、こういう場合は威厳を押し出すべきだっただろうか。
「……そうではありません。ただ……」
「そういう御姿を見せるから、崇拝者が増えるのです。親衛兵長にだけお見せなさい」
 言葉を濁した事務次官に続けたのは、首席参謀だった。はっきりとした彼の物言いに、ディオンは僅かに仰向いた。
 特に何も伝えてはいないが、ディオンとテランスの間柄を彼らは皆知っている。
 見逃している、といった雰囲気ではなかった。どちらかというと「見守られている」に近い。精神安定剤としての役割をテランスに期待しているふしもあって、それはそれで何とも言えない心持ちになるディオンだった。
 ……見逃しているといえば、神皇后はそうなのだろうが、とふとディオンは思った。むしろ、好都合とでも思っているかもしれない。
「……演習の結果次第では配置の異動も有り得るが、何か意見はあるか?」
 やや強引に話題を変えたディオンに呼応して、幹部達はそれぞれに発言した。その意見を首席参謀が上手に擦り合わせ、ひとつに纏めていく。その様子に満足しながら、ディオンは流れを見守った。

<後略>

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